農業と半導体とヒッピーの共通点 - 北カリフォルニア1960-70年代

昨日のエントリーの続き。

さて、たまたま私が少々知っている北カリフォルニアの代表的農業、ワインとアーモンドは、意外に歴史が浅い。それなのに、始まるとすごい勢いで世界のトップになってしまう。

ワインでは、最初にカリフォルニアにワイン製造が持ち込まれたのは18世紀のミッションの時代だが、禁酒法時代にほぼ完全に産業は壊滅し、その後立ち直るまでに長い時間がかかっている。ナパで本格的にワイン産業が始動したのは、1965年にロバート・モンダヴィが大規模なワイン畑とワイナリーを始めた頃、ということらしい。ところが、1976年にはもう、有名な「パリの審判(Judgement of Paris)」が起こっている。パリで行われた目隠しテストで、フランスとカリフォルニアのワインを比較したところ、上位をことごとくカリフォルニア・ワインが占めたという、ナパに行けば聞かずには通れない伝説の大事件である。その間わずか10年。(写真は、ナパのとあるワイナリーのカーヴ=ワインの樽を寝かせる地下トンネル)

アーモンドでも、最初はやはり宣教師が持ち込んだらしいが、霧が多く気温の変化の激しい、海岸沿いのミッションでは気候が合わなかったらしく、なかなか栽培に成功しなかった。安定して乾燥していて気温の高い中央平原に持ってきてようやく成功し、大産地として定着したのはやはり1970年代だった、というのを、子供の夏休みの宿題を手伝っているときに読んだ。

シリコンバレーでは、ショックレー・セミコンダクター創業が1956年、フェアチャイルド創業がその翌年で、1960年代はフェアチャイルドが大活躍していた時代だ。シリコンバレーの歴史という意味では、HPの創業が1930年代なので、そのあたりまで遡ることになるが、「シリコン」の名の由来はやはり60年代以来の半導体産業なのだ。

短期間に、うわぁーっと人や資金が集中して、どんどん技術開発が加速して、あっというまに世界のトップになってしまう、という共通の特徴がある。アメリカの中でも、あるいはカリフォルニアのほかのどの地域とも違う、北カリフォルニアの「ゴールドラッシュ」的な土地柄なのかなー、と思う。

そして、1960-70年代の北カリフォルニアといえば、サンフランシスコを目指して、アメリカ中からサイケ色の花を描いたバスが集ってきた時代。ヒッピー達も、この頃うわぁーっとこの地に集中してきた。

気候や土壌に恵まれているとか、技術開発と人材供給を支えたスタンフォードやUCデイビスの存在とか、それぞれ個別の理由があるのだろうし、そもそも天気がよくて自然の美しい北カリフォルニアは魅力的なところ、なのだが、なぜこの時期に、これほどうわぁーっといろんなものが集ってきたのかな、とちょっと不思議になる。ちょうどこの頃、1977年に、私は交換留学生としてアメリカに初めて来たのだが、希望したカリフォルニアでなく、ニューヨーク州の田舎に送り込まれてしまった。もしその時に、北カリフォルニアにいたら、どんな感じだったのだろうか、と、ちょっとばかり思いを馳せてしまう。