トヨタと電気自動車の「違和感」

トヨタは最近、どうしたんだろう?と思うことが続いたので、英語のブログに最近思うことを書いた。

http://hogacentral.blogs.com/japan_tech_blog/2010/02/akio-toyota-electric-cars-and-more.html?utm_source=feedburner&utm_medium=feed&utm_campaign=Feed%3A+typepad%2FMichiKaifu%2Fjapan_tech_blog+%28ENOTECH+Insight+-+Japan+Tech+Blog%29

細かいことは英語のほうを読んでいただくこととして。自動車会社にリコールや品質問題はつきもの。70〜80年代のジャパン・バッシングを経験した日本の自動車会社は、特に消費者運動が盛んでかつ世界最大の市場であるアメリカで、非常に気を使って、こういった事態のために常に備えているはずだ。アメリカの企業が同じようなリコール問題を起こした場合と比べて不公平だという陰謀説もあるようだが、そういう環境でビジネスをしなければいけないことも、彼らは慣れている。そして、こういった消費者のバッシングを招きかねない微妙な状況に陥ったとき、企業がどう対応しなければいけないか、という手法は確立されている。即座にトップが顔を見せる、というのが、こういったブランド企業の危機管理の上では常識中の常識。そういうつもりで事態の推移を見ていたので、何時まで経っても豊田章男社長がアメリカのメディアに顔を見せないことに、「ん?なんか変??」という違和感をずっと感じていた。

トヨタの中で、何が起こっていたのかはわからない。豊田章男氏はとても大切に守られた「御曹司」なので、彼を傷つけない方法を周囲が一生懸命考えていたのかもしれない、とも思うが、憶測に過ぎない。ただ、日経新聞の報道の中に、「プリウスのブレーキについては、フィーリングの違いに過ぎない」と考えている内部の技術者も多い、という記述があったのは気になる。昨日、ネットテレビHuluを見ていたら、なかなかよくできたトヨタの「謝罪広告」が出た(あまりテレビを見ないので、テレビでやっているかどうかは不明)ので、ようやく「普通」の危機管理対策が発動したな、という感じである。こういう場合、原因となったアクセルペダルやブレーキの技術的問題をどうやって解決するか、という対策と同時に、広報対策も同じスピード感でやらなければいけない。ビジネススクールなら最初のほうの「基礎コース」で習う、基本の基本である。

トヨタにはよい友人も多いし、元自動車会社社員として尊敬する企業でもあるので、その基準からすると、何か裏事情でもあるのか、どうも不思議な気がして、首をかしげている。

パラダイス鎖国」を書く際に参考にして本書の中でも引用している、佐藤文昭著「日本の電機産業再編へのシナリオ」という本がある。この中で、電機産業と自動車産業を比べているくだりがあり、そこで佐藤氏は、「自動車は、米国メーカーを温存しているから、日本メーカーが健在なのである。米国メーカーが高い製品価格を維持してくれるために、より効率のよい日本企業は高いマージンを得ることができる。電機では、米国メーカーを駆逐してしまったために、エンドレスな低価格競争に陥ってしまった」という意味のことを述べており、当を得ていると思った。その後トヨタが販売台数でGMを抜き世界トップとなり、GM会社更生法適用となって規模縮小となったとき、このことを思い出し、「GMという風除けのトップランナーがいなくなり、トヨタがもろに先頭で風を受けることになったが、さてどうなるのかな・・」と思ったものだ。

日本の電機産業再編へのシナリオ―グローバル・トップワンへの道

日本の電機産業再編へのシナリオ―グローバル・トップワンへの道

もうひとつ、ずっと違和感を感じていることがある。「電気自動車」の話である。テスラのことは2年前からずっと気になっていて、2月15日号の日経コミュニケーションのコラムでは、フォードとテスラのことを取り上げた。また、2月5日、東洋大松原聡先生がTwitter上で電気自動車に関する議論を展開された。このやりとりは非常に情報価値が高く、松原先生ご自身もそれをまとめてブログにアップされている。

http://blog.satorum.jp/201002/article_2.html

私は、以前2006年のアメリカのドキュメンタリー映画「Who Killed the Electric Car?」(日本未公開)を見て衝撃を受けた。90年代にカリフォルニア州では、排ガス対策のためメーカーごとに一定比率以上の電気自動車を製造しなければいけない、という法律ができ、それをクリアするため、2000年代前半、GMは電気自動車EV-1を発売(リースのみ)し、ユーザーからの評判は非常によかったという。しかし、その後環境が変化し、この法律は葬り去られ、2年後にリース切れになったEV-1は、買い取りたいというユーザーの希望を無視して強制的に回収され、裁断機で粉々にされてアリゾナの砂漠に埋められてしまった、という事件があった。その事件を追ったドキュメンタリーである。この映画によると、この法律を葬るための活動は、GMだけでなく、日本メーカーも含む主力メーカーがこぞって参加したという。

電気自動車専業メーカーはアメリカにいくつもあるが、シリコンバレーではご当地テスラがなんといっても人気である。電子支払いのPayPal創業者Eron Muskが現在CEOを勤め、グーグルの創業者は出資者かつユーザーでもあり、グーグル本社の駐車場ではピカピカの「ロードスター」が時々見られるらしい。環境保護に熱心な人の多い土地柄もあり、テスラは「新しいご当地ヒーロー」だ。

テスラもMusk氏も、ベンチャーの常として優等生とは言い難く、内部抗争だのいろいろ問題がある。また最近同社は近々上場することを発表したのだが、上場のための公開資料によると、今後のラインアップと生産計画は非常に「綱渡り」のリスキーなものである。だから、この会社自身が果たして成功するのかどうかは何とも言えない。また、電気自動車自体も、まだまだ技術的には問題があるのも事実。手放しで「これこそ次の技術」などと言うつもりはない。

しかし、日本においてテスラがあまりに知られていないことに、ずっと違和感を感じている。ただ新聞などに載らないだけではなく、意外な人に「え、それ知らない」と言われることがあるのだ。(「パナソニックが電池を供給する」という話では記事が出た記憶があるが。)日本でも、三菱や日産が電気自動車に取り組んでいることはニュースに出るが、アメリカの電気自動車ベンチャーの話は、「話題」として非常に面白く、かつ日本経済の屋台骨を支える自動車産業に関して、重要だと思われるにもかかわらず、比重があまりに軽すぎるような気がしているのだ。ウェブ業界に関しては、シリコンバレーの新しいベンチャーやサービスは、日本の先端ユーザーや専門メディアにいちはやく取り上げられ、情報格差があまりないので、それとつい比べてしまうからかもしれない。

アメリカでも、電気自動車についてはかなり「ネガティブ」な評判がいろいろあり、上記の映画など見ると、これはGMなどのネガティブ・キャンペーンの結果もあるのかな、と感じることがあるが、日本でも同じことが起こっていないだろうか?と疑問を感じる。実際にテスラに乗っている人の話と、巷の「電気自動車神話」との間に乖離を感じており、また上記の松原先生の質疑応答の中で、日本の方々もまさに、同じ神話を疑問として呈しているからだ。

松原先生も指摘されており、また上記映画で言われているように、ハイブリッドや燃料電池ならば、現在の自動車産業を取り巻く「エコシステム」、すなわち部品メーカー、ガソリンスタンド、販売・保守ネットワークなどをかなり温存したままでいけるが、電気自動車だと、これらが一気に崩壊してしまう。「イノベーションのジレンマ」の本でいう、「disruptive technology」の立場にまさにぴったりなのだ。

巨大なアメリカの自動車産業の中にあって、テスラなどはアリ以下の存在である。アメリカの中でも、シリコンバレーの外では、それほど知られていないと思う。アメリカでも自動車は巨大な雇用マシンであり、既存メーカーは今でも非常に重要な存在だ。しかし、EV-1を切り刻んで砂漠に埋めた時代の政権にとって代わったオバマ政権は、テスラに財政的な援助を提供し、シリコンバレーを「現在のエコシステムの破壊者」としてではなく、「競争力の源泉」として使おうとしている気配が見られる。(ハイブリッドでも燃料電池でも、日本にはもう勝てないから、電気で、という話もありそう。)

別に、一般人がテスラのことを知らなくても構わない。ただ、日本の自動車業界は、こういった存在にどう向きあっていくのかな、ということを興味を持って見ているが、今のところあまりよくわからない。もし、新聞などの扱いから判断して、「大したことはない」と思っているとしたらちょっと違うと思うのだが、まさかそんなことはあるまい。ちゃんとわかっていて、いろいろやっているに違いない。・・・とずっと思っていたのだが、最近のトヨタに対する違和感と合わせると、「まさかと思うが、外からはいるネガティブな情報に鈍感になっているなんてことないだろうか?」とこちらでも疑問が湧いてきている。

いや、きっと私の思いすごしに違いない。あのトヨタなのだから、品質問題の危機管理も、電気自動車の動向も、きちんと把握して考えがあってやっているに違いない。私なんぞと比べて、中の人のほうがよくわかっているに違いない。今でも半分はそう思っているし、尻馬に乗ってトヨタバッシングするのも嫌なのだが、松原先生の主張をサポートする意味で、一応書いて置くことにした。

<追記>
Twitterにて、すぐに「広告のないNHKでは何度も取り上げられている」とのご指摘を頂きました。ネットで見られる新聞系などの一般ニュースから見て上記の記述となりましたが、NHKはこちらでは見られないので、知りませんでした。ご指摘ありがとうございます。