マイクロ・マス経済の時代 - ウォルマートの落日

今週、久しぶりに最後まで読んだウォールストリート・ジャーナルの記事、「ウォルマート時代の終わり」。

Wal-Mart Era Wanes Amid Big Shifts in Retail - WSJ

ウォルマートと言えば、ご存知、世界最大のスーパーマーケット・チェーン。郊外の大型店舗でありとあらゆる品目を扱い、大量仕入れでコストを下げ、「毎日が安売り」を標榜して急成長した。米国の「ポスト製造業時代」の象徴としてもしばしば扱われる。「ウォルマートがこのシステムを導入」「ウォルマートの圧力でこの価格に決定」など、IT・デジタルメディア業界でも何かと「ベンチマーク」として扱われる存在であるため、専門外の私でも多少は知っている。ただし、地価の高いシリコンバレーではあまり店舗がないため、顧客としてはほとんど利用したことがない。

従業員をひどい待遇でこき使うとか、地方の地元商店街をことごとく潰したとか、安い途上国製品を買い捲りグローバル化を促進して国内で失業を引き起こすとか、「politically incorrect」のイメージを振りまきながらも、力づくで店舗展開を続け、その巨大な購買力にメーカーも屈服せざるを得ない、のだと思っていた。でも、この不敗の巨人にも、時代の変化がやってきたらしい。最近の業績発表では、成長率の鈍化とマージン率の低下が、競合他社と比べて著しくなっているという。

記事では、1)顧客の好みの多様化(「安い」より「高品質」に顧客の重点が移動した)、2)インターネットによる情報入手や販売ルートの多様化、3)競合相手が強くなった、といった点を挙げている。

私のきわめて素人的・生活者的な感覚からすると、アメリカ人のうち「安い」ことを最大の利点と考える人の数や比率がそれほど最近変わっているとは思えず、それよりも、無尽蔵に見えたこの層を、ウォルマートがついに食い尽くしてしまったのではないか、という気がするのだが、それにしても全体傾向として、下記のようにまとめられているのが興味を引いた。

すなわち、「ウォルマートの巨大ショッピングセンター思想は、戦後のモータリゼーションとマス広告・マス生産体制がもたらしたもの」という点。一人に車一台の時代になり、街中でなく、遠くでも広い店舗まで出かけていくのが苦にならなくなった。また、ペプシコP&Gといった大消費財メーカーが、大量生産と大量のマス広告で、低コストの均一的な商品を大量に売って消費することが最適な時代であった。ところが、この前提が崩れている、というのである。

このうち、「街中回帰」現象はまだ限定的だと思うのだけれど、後者の「マス経済がちょっと変わった」というのはそのとおりだな、と思う。全体の生活水準の向上によって、好みが多様化したのを「グローバル化」によって吸収している面もあるのだけれど、まぁ間違いなくそういうことはあるし、ネットの普及によってマス広告の効果が疑われるようになっている。

そんな中で、ウォルマートよりは全体の規模は小さいけれど、特定カテゴリーの商品に特化して、ちょっと価格は高いがきめ細かいサービスもくっつけられる「カテゴリー・キラー」たちが活躍しだした。例として挙がっているのが、例えば家電の「ベストバイ」。ウォルマートは最近大画面テレビなどを扱うようになったが、ベストバイでは、据付サービスまでやっており、ウォルマートは全く歯が立たず、最近は一部店舗で据付サービスを提供するようになっているとか。また、ドラッグストアのCVSでは、簡単な基礎医療サービスを受けられるようになっているそうで、これに対抗してウォルマートも、店舗の一部をクリニックに貸し出すことを始めているとか。そんなことやりだしたら、しまいにはウォルマートの中に町一個を全部入れなければいけないようになってしまい、彼らの得意な「低コスト」労働では成り立たなくなってしまうし、また顧客の便宜性の適正規模をはるかに超えてしまう。そして、メーカーももはや、ウォルマートの思うとおりには動かなくなっている、という。

コストも高いけれど給与水準の高い先進国では、これは不可避な流れ、ということなのだろう。カテゴリー・キラーの躍進というのは、もうずっと前に始まっていることだし、生活感覚としてはもうこちらのほうが当たり前なのだが、これが生活コストの高い都市部だけでなく、田舎にまで及びだしているのかな、それがついに、巨人ウォルマートの屋台骨を脅かすところまで来たのか、という感慨がある。

かといって、人のコストのほうが高くなっているのだから、完全に昔のような「手作り経済」の世界に回帰することはもはやできず、「カテゴリー・キラー」に典型的に見られるような、「かなり細分化されているものを、特定の共通項でくくって量をかせぎコストを下げる」という、「マイクロ・マス経済」になっているのだろうな、と思う。

日本はもう完全にこうなっていると思うのだけど、ついに偉大なるアメリカの田舎でも、これが始まったらしい。「不敗の巨人」だと思っていたウォルマートも、ついに落日を迎えたらしい、ということで、目から鱗、だった。