通信における「範囲の経済」と「ユニバーサルサービス」

池田先生からご質問があったので、簡単にお返事したい。

ユニバーサルサービスという名の社会主義 | 池田信夫 | コラム | ニューズウィーク日本版 オフィシャルサイト

私は学者ではないので、過去の学説や包括的なデータなどは知らない。これは、長年業界を見てきた私の感想。

通信という業界のエコノミクスが他産業と大きく違うのは、「規模の経済(economy of scale)」ならぬ「範囲の経済(economy of scope)」というものが大きく作用すること。たとえ多少コストが多くかかったとしても、より広い「範囲」にリーチできるサービスのほうが、ユーザーの利便性が高く、結果的に生き残る、ということである。例えば・・

  • 日本で長距離電話が自由化された際、「東名阪」というおいしい市場だけのクリームスキミングを狙ったキャリアが真っ先に失敗
  • 国際電話キャリアでは、聞いたこともない国であってもコストをかけて接続するほうがよい
  • 携帯では、どんなに田舎に行っても通じる「カバレッジ」の広いキャリアがやはり一番強い

などなど、過去にいろいろ例がある。このため、設備をもつ大手通信キャリアというのは、自分の持っている地域をできる限り面的に同じサービスでカバーしようとする性質がある。(日本でも米国でも同じ。ただ、米国は歴史的経緯から、田舎はAT&Tなどでなく、小さな「父ちゃん母ちゃんキャリア」がやっているので、仕方なくユニバーサルサービス・ファンドをやっている。)最初は一番儲けの大きい地域から始めるのが当然だが、利用者がある程度以上増えると、多少利益率の悪い地域でも、カバーしたほうがいろいろな意味で既存ユーザーの利便につながるので、徐々に全体に広がっていくものである、と思っている。(だから、原則として、電話会社は細かい地域で切り刻まず、なるべく「範囲」が広いほうがいいと思う。)

だから、今回問題となっている光ブロードバンドのようなコストのかかるサービスでも、ある程度以上ユーザーが増え、使える端末やサービスが多くなれば、放っておいても、民間企業の競争によって、そのうち全国津々浦々まで設備が建設されるようになるだろうと思う。
ただ、これは何年かかるかわからない。10年かもしれないし、20年かもしれない。今は、「他国に負けないように、ステロイドを打って普及速度を早める」という話をみんながしているので、それをやろうと思ったらユニバーサルサービス・プランのようなものでやる方法もある、ということだ。個人的には、そんなことしなくても、ほっときゃいいようにも思うのだが、どうしても政策的に「ステロイド」をやりたいなら、前回エントリーで書いたようなやり方も例えばあるのでは、ということで言った。

つまり、USFの仕組みが必要かそうでないかは、「時間軸」の話であって、「絶対に必要かそうでないか」の話ではないと思っている。

ここでは、設備が行き届くことが重要なので、料金が同じである必要は必ずしもない。しかし、全体のごくわずかな部分の「高コスト過疎地域」だけ別立て料金を用意して、その認可を得るためのネゴを当局としたり、請求書システムに手を加えたりなどする別のコストがかかるなら、むしろ一律のほうがいい、というケースもあるだろう。もともとキャリアが乱立して、料金体系がバラバラだったアメリカでも、料金はだんだんとシンプル化・一律化する方向性にある。マーケティングの観点から言っても、あまりこまごまと料金テーブルを分けるのは、効率がよくない。なので、料金は一律でもそうでなくてもよい。これも、経営的にどっちがいいかという観点で決めればいい。

前回申し上げたように、私は「全国一律料金であるべき」とかいう「イデオロギー」には興味がない。設備を建設する当事者であるキャリアが、最もリーゾナブルな「インセンティブ」を得られるやり方なら、それでよいと思う。

なお、私は通信業界の「範囲の経済」と「ユニバーサルサービス」については、NTTにいた頃当時の上司であった林紘一郎先生に最初に教えていただいた。そのときの参考書はこれだったかはっきり覚えていないのだが、他に見つからないので一応ここに掲げておく。

ユニバーサル・サービス―マルチメディア時代の「公正」理念 (中公新書)

ユニバーサル・サービス―マルチメディア時代の「公正」理念 (中公新書)