「光の道」より「テレビ」対策 − 「ジャンボジェットとコンコルド」

「光の道」議論がまだつづいているようなので、もう二つ言っておくことにする。

  • 保守コストの件

ソフトバンクの主張する「銅線を光ファイバーにすれば、保守費用が安くなる」という話。攻撃側ソフトバンクも、守備側NTTも、具体的な数字の根拠を挙げていない(それぞれ大人の事情?)ので「体感」でしか言えないが、私には「光」と「銅」の保守費用は、少々ぐらいは違うかもしれないが、例えば10倍といったレベルで劇的に違うということはない、と見える。

光と銅は、それぞれ得意・不得意がある。確かに、銅は水に弱い。しかし、曲げに強く、取り扱いが多少荒くても大丈夫。光は水には強いが、物理的には「ガラス」なので壊れやすく、曲げに弱い。オフィスなどで光ファイバーがあれば見てもらうとわかるが、基本的に「まっすぐ」か、または「そぉっと円形に丸めてある」かのどちらかのはずだ。鋭角に曲げれば折れる。また、電話の保守につきものの「つなぎ」作業のしやすさは、銅のほうがはるかに上。ビニールの皮をむいて中の銅線を撚りあわせればよい。光は、中のガラス線の断面をまっすぐに切りそろえ(ガタガタ断面だと光が散る)、2本を両側からつきあわせて溶接みたいにつなげる(「融着」というそうです)必要があるため、特別な道具と熟練が必要だ。まぁこれは、私がウン十年前にNTTで研修をうけたときの話なので、最近はもっと便利な道具ができているかもしれないが、光ファイバーの物理的性質は変わっていない。

「保守コスト」というのは、イコールほとんど人件費なので、より「繊細で壊れやすく、扱いの手間が大きい」光ファイバーは、「水」の問題はなくても「人手」がかかり、いろいろ考えれば「どっちもどっち」という気がする。

そもそも、本当に光の保守コストが劇的に安くて、投資した分がすぐに回収できるほどならば、ソフトバンクに言われなくてもNTTがさっさとやっている。今そうなっていない「残りの10%」は、投資回収が見込み困難な場所、ということだ。

ということで、保守費用が安いという話は、どうも理屈に合わない気がする。

  • 通信商売の基本エコノミー

これも持論なので、ブログ読者の方はご存知と思うが、通信商売のキーのひとつに、「ジャンボジェットは儲かるが、コンコルドは儲からない」というものがある。お客様ひとりあたり、通信に支払う金額というのはある程度上限がある。どんなに通信速度が上がり利便性が上がっても、5倍も10倍もの料金はチャージできない。一方、固定費については、一本の電話線を地中に敷設したり電柱に張ったりするコストはほぼ一定。だから、通信の打ち出の小槌は「多重化」である。一本の線、一台の交換機に、どれだけたくさんのお客様を詰め込めるか、というのが勝負のカギなのである。

「コンコルド」の検索結果 - Tech Mom from Silicon Valley

80年代と90年代に幹線系光ファイバーで劇的な技術革新があり、従来の何十倍、何百倍というスケールでの多重がものすごい勢いで可能になり、回線一本あたりのコストが劇的に下がった。回線は何Mbpsという「速度」で示されるが、速いということは、裏返すと「単位時間に詰め込めるビット数が多い」ということになる。つまり、回線が速くなるということは、「太く」なる、たくさんお客を積めるジャンボジェットになるということだ。

だから、幹線系には大きなマージン(超過利潤)が生まれた。そこで、「多重」ができずコストの下がらないアクセスと、「多重」ができる幹線部分を切り離し、後者に競争を導入する、という枠組みができあがった。大きく多重ができる部分には、超過利潤が生まれ、新規参入が起こる。

その幹線部分の超過利潤が競争で吐出され、料金はほぼ底まで下がったので、今度はアクセスにも競争を、となった。アメリカでも日本でも、銅線アクセスを強制的に開放して競争を導入しようとした。それで、アクセスの銅線一本に、従来の「音声サービス」に加え、「DSLサービス」を多重するようになった。しかし、何十倍も積めるようになった幹線系光ファイバーと比べ、アクセス系はせいぜい料金ベースで多重化率1.5倍ぐらいのものだったので、幹線系ほどどんどん儲かるものではない。アメリカではその時に参入したCLECと呼ばれる人たちはほぼ全滅。日本でもソフトバンクは、DSLで儲けを出すのに苦労しているはずだ。この程度では「ジャンボ」でなく、速いけどお客がたくさん乗れない「コンコルド」になってしまうのだ。

それでも光ファイバーをNTTやアメリカならベライゾンなどが引いているのは、競争優位にたつためだ。そういう意味では、やはり競争というのは大事だ。

で、そのエコノミクスを見てみたい。日本で光ブロードバンド一回線あたりの敷設コスト(お客様をひとり新たに収容するためにかかるコスト)は公表されていないと思うので、アメリカの例を使うと、ベライゾンで1200ドルぐらいまで下がっているようだ。日本円でざっくり言えば一回線十万円。*1ファイバーの材料費は微々たるもので、交換機側の償却ははいっていない(それは計算のしようがない)はずなので、ほとんどが「人件費」。日本もアメリカもそんなに大きく違わないだろう。ランニングコストの部分(保守費用)についてはとりあえず無視する。一方、提言されているように、お客様が一ヶ月あたり払う料金が800円だとしよう。そのうち、料金回収とカスタマーサービスのコストは、「一ヶ月2ドル程度」が、どの国でもどの業界(月々請求書を出すタイプのサービスの場合)でもだいたいの「rule of thumb(常識的なレベル)」なので、200円としよう。変動費までのコストを除いたマージンは600円なので、金利を無視して単純計算すると、初期費用の10万円を取り返すのに14年ほどかかる計算となる。再度言っておくが、これは「交換機側」の投資がはいっていない数字である。道路を掘り返してファイバーを埋める工事の許可を得るために町の住民集会に足を運んだり、日頃からいろいろとおつきあいをしておくためのコストも、おそらくはいっていない。

小池良次 (@RKoike) | Twitter

回収期間が長い。これは大変なリスクである。このリスクを減らす最大の方法は、通信商売の基本である「多重率を上げる」ことである。お金をいただけるサービスを回線になるべくたくさん詰め込むということだ。幹線系なら簡単なのだが、アクセスではこれがなかなか難しい。それをしないと、「ジャンボ」にならず、「コンコルド」になってしまう。

そこで、回線容量をたくさん使うのでブロードバンドのメリットが大きく、お客様のニーズも高い「テレビ放送」を回線に多重することが、大昔から永遠のテーマなのである。

それで、アメリカはそれをやっている。もともとケーブルテレビが普及しており、料金も高いので、音声・データにテレビを多重して、ケーブル料金より安くすれば、お客様にはメリットが出る。テレビを載せれてIPTVにすれば、一ヶ月の料金がなんだかんだで100ドルぐらいになる。一声一ヶ月1万円。これなら、あっという間に初期投資が回収できる。それで、ようやくアメリカでもブロードバンドの普及速度が早まった。ブッシュは嫌いだったが、これが可能な枠組みを作ったという点に関しては、ブッシュ政権の通信政策を評価している。未来永劫このやり方がいいというのではなく、今の「設備普及期」においては適切なやり方であると思っている。*2

多重率を上げる別の方法として、例えばフェムトセルをくっつけて携帯トラフィックもブロードバンドに多重する、という手もあるが、これで100ドルいただくというのは無理だろう。テレビほどのパンチがない。

孫さんのスピーチにあるように、日本の光回線はすでに90%まで普及しているが、契約率が30%、というところが問題なのだとすると、要するにどうやってお客様に「ぜひ契約したい」と思っていただくか、の勝負である。お客様にとってメリットが大きく、またキャリアの商売としてもちゃんと成り立つ「コンテンツ」をどうやって詰め込み、ブロードバンド回線を「コンコルド」から「ジャンボ」にできるか、ということが肝心なのである。

それでテレビ局が潰れるとかいう話は私にはよくわからない。アメリカでは地上波テレビ局は、ケーブル会社に番組を流してその料金の一部を受け取っている。それで、今度はベライゾンのIPTVにも同じ仕組で番組を流し、対価を受け取る。自分で持っている電波を使ったほうが、コストが安くマージンが高いのはわかるが、今はそのモデルが崩壊しつつあるのだから、旧来のやり方に固執せず、別のやり方で別のマーケットを開拓することも考えてもいいんじゃないだろうか。最近では、ようやく日本でもラジオをインターネットで流すプロジェクトを始めている。
なんでテレビ局はそれがイヤなのか、という話もだいたい想像がつくが、その話は長くなるのでやめておく。

光ブロードバンドの普及率を上げるということ自体は、イデオロギーとしては賛成なのだが、リターンの少ない事業に湯水のようにカネ(税金)を使うということが無制限に許されるべき、とは思わない。上記のように「回収に14年かかる」事業に対し、その期待されるリターンが適切かどうか、その判断は人によって違うと思うが、私は「もっと効果的なやり方がある」と思う。設備建設という「土建屋」レベルの話でなく、「何をそれに載せて、ジャンボジェットにするか」というコンテンツのレベルをいじるほうが、効果が高いと私は考える。*3

<追記>
Twitterにて、最近のファイバーは曲げても大丈夫だとのご指摘をいただきました。なので、上記のコスト比較は眉にツバをつけてお読みください。古い話をしてしまい、ごめんなさい。

具体的には、こんな感じ。やっぱり「鋭角曲げ」はダメだそうですが。

NTT、曲げ半径2mmの光ファイバ開発。「折り」「曲げ」や「結び」も自在

*1:その昔、電話を入れるためには施設負担金10万円弱がかかったのは、こういう背景がある。中身が何であっても、回線開通のコストはあまり変わらないということになる。なお、ベライゾンも効率のいい地域から光を入れていて、それをならしてこの金額。今議論されているような、田舎の効率の悪いところ「だけ」をとったら、もっとコストがかかるはずである。

*2:ただし、そうやっているアメリカでもベライゾンの「加入率」は現在2割程度だそうなので、単にテレビを流すだけでも足りないようだが。

*3:例えばの話だが、加入料金モデルで最も親和性の高いNHKの全チャンネルをまるっとブロードバンドに載せてしまうとする。NHK料金は、ちょうどiモードのように、NTTの請求書に一緒にはいるようにする。NHKオンデマンドも、同じようにiモードスタイルで料金をチャージする。NHKよりNTTのほうが料金回収能力が高いので、NHKはとりっぱぐれリスクが低下。お客様はサインアップの手間が省けてオンデマンドにはいりやすくなる。アーカイブの一部は無料で見られるなどの特典をつけるのもいいだろう。こうすると、NHKの料金徴収係の人以外は、みんなハッピーになるような気がするのだが。ついでに、こうやって作った「NHKオンデマンド・チャンネル」をそのままベライゾンAT&TのIPTVでも配信してくれると、我々海外在住者にはとても便利なのだが・・・