「AT&TがNYでiPhone販売停止」報の背景事情

AT&TがニューヨークでiPhoneの新規販売を停止しているらしいとのニュースは、私も昨日目にした。

ニューヨークでiPhoneが販売停止に、利用者による通信量の増大を受けて - GIGAZINE

そこまで非常手段に出るかなぁ、とも思うが、場所がニューヨークなのが面白い。

背景としては、AT&Tの慢性的なネットワーク容量不足がある。今に始まったことではなく、当地業界では今年初めあたりから広く知られていた。最近は、業界関連の講演で「オフロード(トラフィックを携帯ネットワークからWiFiなど他のネットワークに追い出すこと)」というキーワードが盛んに登場する。これをめぐるキャリアやFCCの動きについては、今月半ばにネット公開された私の「日経コミュニケーション」コラムで少々触れている。記事のネタは10月のCTIA展示会である。

通信事業者とFCCの駆け引き,目前に迫るトラフィック危機 | 日経 xTECH(クロステック)

「場所がニューヨーク」という意味は、アメリカの中で歴史的に携帯トラフィックが一番不足しているのが、ニューヨークとロサンゼルスであり、このことはよく知られているが、それぞれのトラフィック特性は少し違っているようで、それが今回はNYでの逼迫につながったこと。ロサンゼルスは車で移動する都市であり、交通渋滞がひどく、そのトラフィックは音声中心である。アナログ携帯の時代のロサンゼルスにおける容量不足の緊急性が、その後のAT&Tワイヤレス(旧)の没落に至るTDMA方式の選択につながった。*1これに対し、ニューヨークでは歩行や公共交通機関での利用が多いため、音声だけでなく、画面を見ながら手を使って操作するデータ利用が可能である。iPhoneトラフィックが多いというのは、動画などのヘビーなデータ利用が多いわけで、すなわちNY型の利用環境で最も容量を圧迫することになる。さらに、高層ビルの多いNYでは、ビルの谷間をカバーしなければならない。ビルの屋上に無線塔を設置しても谷間に届かない。

それにしても、条件は同じなのに、ベライゾンではそれほどの問題になっていないというところがまた面白い。iPhoneがないこともあるが、ベライゾンはNYで無線周波数を豊富に仕入れてあること(私の古巣であるネクストウェーブ社はNYでの周波数を持っていたので、買収した)、さらにCDMA方式を採用しているために、後方互換性の問題がなく、3Gへの切り替えが進んでいる。AT&Tでは、2GでTDMAをいったんGSMに置き換え、さらに3Gにするときには、GSMとの後方互換性がないので、周波数の一部をGSM用にとっておいて、少しずつ3Gに置き換えていくという手間がかかるため、GSM用にも3G用にも、周波数が少ししか使えない。*2このため、3Gへの切り替えが遅れており、クリスマス前にベライゾンAT&Tとのカバレッジ地図の比較広告を露骨にやって騒ぎが起こったりしているが、本当に3Gのカバレッジは両者で大きく差がある。

余裕のあるベライゾンは、そういうわけで、いろいろ噂はありながら、iPhone導入を急いでいない。iPhoneがなくても順調にユーザーが増えているし、容量圧迫で既存ユーザーの便宜が損なわれるようなことをわざわざする必要もない。しかも、ニューヨークは音声を業務用にヘビーに使い、ふんだんに料金を払ってくれる金融業界の人たちが多く、iPhoneで猫が踊るYouTubeを見ているガキのために、そういう大切なお客の利便を損なうことは、「硬派な土管屋」ベライゾンは絶対にしない。(AT&TiPhone販売停止も、そういう取捨選択を迫られた結果だろう。)ベライゾンiPhoneを出すとしたら、700MHzのオープン端末用周波数でLTEを展開してからのことだろう、と考えている。

西からの強風,グーグルvsベライゾン | 日経 xTECH(クロステック)
調査・出版情報 | KDDI総合研究所

幹線ネットワークが逼迫しているかどうかについては、見方は統一されておらず、おそらくは路線によりけり、という状況だろうと思われる。しかし、トラフィック慢性不足地域での局地的な携帯ネットワーク容量については、本当に逼迫してきているようだ。光ファイバーなら、トラフィックの多い場所にはたくさん敷設すればいいだけだが、周波数はどの場所にも平等にしか存在せず、すなわち極端に供給の制約がある。iPhoneの登場前、キャリア業界があれほど恐れていたことが、そのとおりになってきたわけだ。「それ見たことか」とベライゾンが冷笑しているのが見えるようだ。

ここしばらく、AT&TのテレビCMは、iPhoneやU-verseといった個別プロダクトのものでなく、「AT&Tは、多額のネットワーク投資をしてきて、みなさんの生活に貢献しているんです」というイメージ広告が増えており、これはFCC向けのプロパガンダだと思っていたが、もしかしてこれは苦肉の策なのかなぁ・・・などともぼんやり考える。

ま、この年末の押し迫った時期に、どうでもいい話ですかね。しかし、こんなところから、通信ネットワークの料金と需給のバランスが崩れていくかも、という気がしている。まだはじっこの携帯ネットの部分だけではあるが。ネットワークとデータセンターは、ひたすらどんどん安くなっていく、湯水のように使える、という前提が部分的に崩れ、ネット業界に一種の「オイル・ショック」が来ることがあるかもよ、そのときクラウドはどうなるかな、という話を、クリスマスでワイン呑みすぎの続いた頭でぼーっと考えている。

<追記1/3/10 参考記事>
「あちら側」の物理的限界 - Tech Mom from Silicon Valley
アメリカで「従量制」復活の兆し??- ネットに「資源インフレ」は来るか - Tech Mom from Silicon Valley

*1:とにかく早く容量の大きいデジタルに移行したかったために、他の方式を待たず、すでに提供可能だったTDMA方式を急いで導入し、その後のネットワークの二重投資を招いた。

*2:日本の場合は、3G用に全く新しい周波数帯が使われているのでこの問題はないが、アメリカでは同じ周波数の中で2Gをだんだんに3Gに巻きとっている。