「広告モデル」は「集中」を前提にしないと成立しない

ガ島の藤代さんに反応して。ただし、切込隊長のこの本は読んでいない。読みたいけど、日本の本を入手するのは、お金も時間もかかるから大変なのだ・・・

http://d.hatena.ne.jp/gatonews/20081123/1227461316

今回、日本でもあちこちで話してきたけれど、ネットの「無料利用・広告で儲ける」モデルのブームはとうの昔に終わっている。いまどき、「無料でユーザー増やして、あとから広告で儲けます」などと称するWeb2.0ベンチャーにお金を出すベンチャー・キャピタルはいない。ただし、それは「無料・広告」モデルが「終わった」ということではない。

広告モデルというのは、「1.配信コストが十分安い」ということと、「2.読者または視聴者が集中する」という二つの前提がないと成り立たないと思っている。前回のバブル崩壊後、ネット素材のコストが暴落して1.の条件はテキスト中心のサイトならわりと軽くクリアできるようになったが、動画はまだまだ帯域コストが十分に安くない。だから、YouTubeですら儲からない。一方、ネット素材コストの超低価格を原因とする「Web2.0ブーム」の過程でいろいろ試されたモデルのうち、「検索広告」というのは、グーグルを頂点とする「集中の構造」が成立したために儲かるようになったが、本来的に「多数のグループへの分散」という性質をもつSNSでは、FacebookMySpaceでもまだ儲かっていない。

ということで、今後もこの二つの条件をクリアできるビジネスモデルがあれば、広告モデルは成立するだろう。グーグルほどの大成功は無理でも、ある一定のニッチにおいて「集中」の仕組みを作ることができれば、中成功ぐらいは可能だと思う。例えば、このサイトもお世話になっているAMNは、日本の有名ブログを集めるという一種の「集中」の仕組みを他に先駆けて作ったので、成功の可能性があると思っている。

別の言い方をすると、「all or nothing」じゃないと思う。新聞やテレビという既存メディアは腐っても鯛、「取材力」という、ブロガーではマネできない優位を持つ。(藤代さんが仰るように、その中味の質がどうか、という話はあるが、それはおいといて、プロの取材人を抱えているという点だけをここではとりあげる。)全部がなくなることはないだろう。ただし、「集中」モデルが成立する程度まで、統合が進むということだろう。というか、それをできるだけの覚悟があるかどうかが、生死を分ける、ということかもしれない。あるいは、情報配信メディア自体の優位はなくなっても、情報ソースとしての強みをうまく生かすモデルを、誰かが考え付くだろうか。

いずれにしても、世の中的に、技術の進歩で「all or nothing」的に古いものはあっというまに駆逐されると恐れる人は多いが、実際そんなに簡単にはいかない。「レコードがCDになった」ときのように、提供側にもユーザー側にも流通側にも、みんなに明らかなメリットがあるような技術変化なら、あっというまにすべてがワイプアウトされるが、そういう例のほうがむしろ少ないのではないかと思う。テレビに駆逐されたはずのラジオだってまだ存在しているし、携帯電話に負けつつある固定電話だって、この先長いことなくならない。いろいろ事情があるからだ。ただし、この先、ネットでの「広告モデルが難しい」ことは確かだ。