ビジョン・セラピー経験談(下)

(上)の続き。

冬の間、あまり進歩がないどころか、やや後退の兆しすら見えて、息子はガッカリ、亭主はイライラ、私はオチコミの状態が続いた。そして、転機が訪れたのは、4月だった。

追加分のセラピー期間を半分ぐらい過ぎた頃、ビジョン・セラピストが、「彼はどうやら、ブレークスルーがあったようだ」と話してくれた。ちょうど、日本語補習校の新学年が始まったところで、彼は4年生に進級したのだが、そこで彼は学級委員を買って出た。3年生では、少し友達ができたようだったが、それでも基本的には補習校ではずっとぼーっとして元気がなかったのが、ちょっと変化があったようだ。最初の国語のテストでも、それまでは全くの白紙だったものが、文章で答えを書く欄に、いくつか答えが書いてあった。確かに、何かが変化し始めたようだ。

現地校では、ちょうど「動物レポート」というプロジェクトが始まった。自分の好きな動物を選び、それに関する情報を集めて調査レポートを作成し、それをもとにした物語や絵を書いて発表するというものだ。理科が好きな息子は、なぜか「巨大イカ」なるテーマを選び(笑)、なんだか妙に熱心に、インターネットで生態に関する資料を集めたり、「スターウォーズ」のパロディに巨大イカを組み込んだ妙な物語を一生懸命書いた。文章の作成はコンピューターでよかったので、字をきれいに書くという苦労はしなくてよかった。私は、最終的な文章のスペルや文法を手伝っただけで、文章を書き下す部分は息子が自分でやった。

これまで、頭で考えたことを文章に書き下すのがどうしてもうまくできずに苦労していたのだが、やはり好きなことをやるのは、効果があるようだ。それまで、作文の宿題で5センテンスぐらいを書くのすら、大変なことだったのが、ワープロで2ページぐらいの文章を書き上げてしまった。これには驚いた。これでどうも自信がついたらしく、その後、もう一つ大きな作文のプロジェクトがあったが、私が手伝うこともなく、これは下書きでは6枚ぐらいの作文を書き上げた。

日本語でも、理科で植物の観察を文章に書く宿題が出るようになった。これまでなら、彼が考えた内容を私に話し、私が文章に整えてゆっくりディクテーションしていくしかなかったのだが、ほっておいても自分で全部書いた。やはり、好きなことを書くというのが大いに助けになる。普通の作文でも、ディクテーションをやっていたら、「おかあさん、ちょっと黙っててよ!」と言い出し、途中から自分で、口でぶつぶつ言いながら文章に書き下し始めた。漢字はまだできないので、ほとんど全部ひらがなだが、それでもこれは大きな進歩だった。短い作文しかできなかったが、先生には私から言い訳のお手紙を書き、自力で書いたものを提出させた。

まだまだ、彼の読み書き能力は、英語でも日本語でも、学年相応には至らないが、それでもよい方向に動き出した実感があり、ようやく私には光が見えてきた。そして、一昨日現地校からもらってきた成績表では、なんと落第点がすべて消えていた。

5月の終わりに、最終的なビジョン・セラピーの評価テストがあり、彼はセラピーを卒業した。まだまだ字はきたないし、読むのも完璧ではなく、相変わらず漢字は覚えられない。すべての問題が解決したワケではないが、他の対策に取り組むための、「目」の準備ができた、という感じだ。

このように、ビジョン・セラピーのおかげで、事態は大幅に好転したのだが、そこに至るまでにはいろいろ問題もあった。

まず、ビジョン・セラピーはディスレクシアなどと比べて、まだアメリカでも新しい分野であまり知られていない。このため、相談していた学校の先生方も、小児科の医者も、ほとんど知らなかった。私は、友人や知り合いから聞きだした断片的な情報をもとに説明しても、なんのことやらわかってもらえなかった。

結局、ネットで調べて探し出したのだが、専門クリニックもまだまだ数が少ない。たまたま、ラッキーなことに我が家の近くに一軒あったが、それ以外はすべて、はるか遠方しかなかった。毎週通うのに、あまり遠くでは続かない。

なにより、値段が高い。当初の20週間のセラピーで4000ドル近くする。保険もきかない。クリニックで、分割払いをやってくれるようにはなっているが、これでは二の足を踏む家庭も多いことだろう。

あとになって、スピーチの先生の娘さんがビジョン・セラピーに行ったと聞いて、「え〜、なんで早く教えてくれなかったの?」と疑問に思ったのだが、実はこれにはウラがある。息子の学校は公立校で、種々の学習対策は学区の教育委員会オーソライズして行うのだが、この場では「有料の外部サービスをリコメンドすることができない」という制約があるのだそうだ。そうでないと、貧しい家庭に対して不公平になるからだ。だから、本当ならビジョン・セラピーをやったらよさそうだ、と個々の先生が思ったとしても、言いたくてもいえないのである。

ビジョン・セラピーの資料を読むと、非行青少年の半分とかに視覚問題があるという調査もあるそうで、視覚の問題から読み書きができず学校で落ちこぼれ、世をすねて非行に走る、というパターンがあるのではないかと疑われている。(まだ通説にはなっていない。)この話が本当なら、非行に近い世界に住む、低所得家庭ほど、視覚問題に対する補助があってしかるべきなのだが、こういった子供の発達医療の進んでいるアメリカですら、まだ視覚問題については対策が一般化していない。

アメリカですらそういう状況なので、おそらく日本では、専門クリニックも一握りしかないだろうし、親御さんが私のブログを読んでくださり、「もしかしたらウチの子もそうかも・・・」と思い、学校や小児科医に相談に言っても、「そ〜んな話、聞いたこともない」と一蹴されてしまうかもしれない、というのが心配だ。

昨日のエントリーに、アメリカの公的機関やクリニックのリンクをいっぱい入れてあるので、これらの文献を利用して、是非なんとか頑張ってほしい。「機能訓練」でちゃんと「治る」のだから。