政権交代と回転ドアの「ブレーン」

ここしばらく、周波数割り当てと「電波鎖国」に関する一連のブログを書いてきたが、どこかで何らかの力が働いたらしく、原口総務大臣が「周波数の再編」の議論に着手すると表明した。

周波数再編の議論を開始へ、原口大臣が世界標準の電波利用に意欲 | 日経 xTECH(クロステック)

この言い方では、具体的にどの周波数帯のどの問題を指しているのか、(わざとか偶然か)よくわからないが、「世界標準」に言及している限りは、現在の焦眉の問題である700MHzのことが含まれることは間違いないだろう。とりあえず、何がしかの動きがあるようなので、喜ばしいと思う。医薬品ネット販売のときのように、パブリックコメントをいくら集めてもただ集めただけ、何も話を聞かない、ということだけはないように是非お願いしたい。

政権交代の後、通信業界においての「政策の決め方」の迷走を見ていると、「政治家」と「官僚」の間に、もう一つレイヤーがないといけないんじゃないか、ということを最近感じる。

政治家というのは、別に悪口でもなんでもなく、その本来の意義として、政策分野に関する「素人」である。これはその昔大学のゼミで勉強した(ことの中でほぼ唯一覚えている^^;)マックス・ヴェーバーの「官僚制」でも指摘されている。官僚制というのは、平等でオープンな形で人材を登用し、専門性と透明性をもって行政を運用するための仕組みである一方、硬直化・肥大化しやすい欠点を持つ。その欠点を補うのが「政治家」であり、選挙民の意見を代表して、いわばその分野の「素人」である政治家が、国民の声を聞きながら、専門組織である官僚との対抗で「チェック・アンド・バランス」する、という考え方である。

マックス・ウェーバー官僚制の概念化 | 世界のビジネスプロフェッショナル 思想家編 | ダイヤモンド・オンライン

官僚と政治家と国民はちょうど「ジャンケンポン」の関係にある。国民は官僚に弱い、官僚は政治家に弱い、政治家は国民(選挙民)に弱い。

・・というのが思想的な基本であるわけだけれど、実際には政策の中身というのは相当にテクニカルであり、「素人」には正しい判断が無理な場合が往々にしてある。フランス革命の頃とは違う。「光の道」(ブロードバンド整備構想)にしても、携帯の「SIMロック」の問題にしても、今回の周波数問題にしても、私は業界の中の人だからなんらかの意見を持っているけれど、一般の人は理解できない、あるいは興味すら持てない部分が多いだろう。

政治家は、テクニカリティをベースに判断する専門家ではなく、「誰がどう言うか」という「人」(選挙民だったり、業界だったり・・)をベースに判断する専門家なのである。うっかりすると、御側用人とかお気に入りの側室とかがお殿様に取り入るがごとく、なんらかの別の意図をもって、政策を特定の方向に誘導することが簡単にできてしまう。「なんらかの意図」は、場合によって業界内の特定の企業の利益だったり、別の勢力との力関係だったり、まぁいろいろあるわけだ。

また、「国民(選挙民)」にしても、誰かが「こういうことで、国民の生活や産業の動向にこういう関係があるんですよ」と解説することでようやく理解できるが、その「解説」を担うべきメディアの人も、(特に日本では)はっきり言って素人ばかりである。ちゃんと知識を持つ記者が業界専門メディアにいるが、そういうものを読む人はもともと「中の人」であり、政治家に影響を及ぼせるぐらいの数の「国民(選挙民)」には届かない。そのためにいわゆる「衆愚」に陥る可能性がある。

衆愚を避けるために、自民党政権の間は、「専門家集団」である官僚が結局主導権を握ることになっていた。チェック・アンド・バランスすべき政治家も「なんとか族」を形成したり、それなりに勉強したりするわけだが、何十年もその分野だけをやっている専門家にはなかなかか勝てず、テクニカリティ部分は官僚頼りだった。しかし官僚だって、背後の「なんらかの意図」と無関係なわけではなく、「天下り」や「許認可」を通じて特定業界の考え方をサポートしがちである。また、専門家といったところで、日本の官僚はしょせん「専業」であるから、現実にお客さんのところで頭を下げたり炎天下に電柱に登ったり投資して痛い目にあったりした「現場」の経験があるわけではない。

要するに、官僚だけが悪いわけではなく、どっちもどっちなのだ。官僚だけを一方的に叩くのは間違いだし、また官僚がいつも正しいわけでもない。

民主党政権に代わり、「脱・官僚」を掲げて、政治家が従来以上に官僚と「対立関係」になってしまうと、官僚の専門知識を利用することができなくなってしまう。外から見ていると、「テクニカリティ」の部分と切れてしまった素人の政治家を操ろうと、いろいろやっている人々が群がっているように見える。いや、そういう人々を批判する気はない。自分の商売に大きな影響を与える政策だから、なんとか自分の有利な方向に持っていこうといろいろ活動するのは当然だし、また素人が危なっかしく見えるので教えてやらねば、と思う気持ちもよくわかる。

こうなってくると、一体どうやって政策を決めるのが一番いいのか、私にもなんだかよくわからなくなってくる。ただとにかく、どっちに転んでも、「現場」に根ざした知識が、政策に反映されるための「表だった」仕組みがない、ということは大いに問題のように思える。

本来であれば、政治家が自分なりの判断を下すための、官僚でない、プロフェッショナルな「ブレーン」が必要なんだろうな、と思う。これが、私のいう「もう一つのレイヤー」である。自民党政権下でも、なんたら諮問委員会とか党のなんとか協議会とかいろいろあったわけだが、民主党の議員や大臣は、今のところ信頼できるだけのクオリティをもった「ブレーン」のネットワークが十分育っていないのかな、という印象を受ける。自民党政権下の諮問委員会などですら、十分現場の意見が反映されていたとは言えないと思う。

政権交代が数年ごとに起きるアメリカでは、政治家サイドの「テクニカリティ」を担うプロの一群が存在する。例えば、連邦通信委員会FCC)では、FCCプロパーの職員とは別に、「委員会」があって、運営は委員会の多数決で決められるが、この委員は5人いて、そのときの大統領と同じ党の委員が過半数の席を得ることができる。

こうした専門家は、政権が代わると辞めるので、出たり入ったりする「リボルビング・ドア(回転ドア)」などと揶揄されるが、日本ではそういう立場の人がいるのかいないのか、いても少なすぎる気がする。彼らはもともと業界出身者であることが多く、回転ドアで外に出ている間は、弁護士やコンサルタントに戻ったり、あるいは投資銀行ベンチャーキャピタルでしばらく仕事したり、なんらかの形で「業界」と直接関わる現場の仕事をして知識と経験をアップデートしている。それを「癒着」であるという言い方もできないことはないが、政策のテクニカリティはどんどん複雑化しているのだから、現実に基づいた知識がないと、「こうするとこういう影響があって、それは何年ぐらいするとこうなって・・」といった、将棋で何手か先まで読んでコマを動かすようなことができないと思う。政治家自身に、個別事項についてそれだけの知識を求めることは無理なので、「回転ドア」のブレーンがそれを助ける必要があるだろう。

政権交代が適切な形で根付くためには、そうした仕組みもある程度必要なのではないか、と思う。そしてもちろん、その場合は、誰がどういう立場で誰にどういう影響を与えているのか、という点が公表されている必要がある。

米国の政権交代回転ドアのブレーンについて、昨年秋に書いた「日経コミュニケーション」記事は下記のとおり。字数が足りなくてここでは引き合いに出さなかったが、オバマ政権においては例えば、グーグルCEOのエリック・シュミットも、そんな「政治家側ブレーン」のひとりに含めてよいだろう。

米国通信政策の「チェンジ」,政権交代と変化の兆し | 日経 xTECH(クロステック)米国通信政策の「チェンジ」,政権交代と変化の兆し | 日経 xTECH(クロステック)

なお、上で引き合いに出した「医薬品ネット販売」についても、実際には何もできなかったとはいえ、ある程度以上の専門知識も持ち合わせている、ネット上のオピニオン・リーダー的な人々が意見を公開の場で述べることによって、その過程がオープンにされて多くの人の目に触れた。そのことは、こうした「政治家」と「官僚」の間にもう一つの「プロフェッショナル」なレイヤーを形成する過程の小さなステップであった、と見ることもできるだろう。政治家がTwitterをやるのも一つのステップかもしれない。しかし、まだそれは小さすぎる。側室の閨の囁きでなく、堂々と、業界の利害関係者や在野の専門家が、オープンに議論して政策に反映させるオフィシャルな仕組みが必要と思う。

<参考エントリー>
「電波鎖国」は、携帯電話でなく「次のフロンティア」の問題だから重要なのだ - Tech Mom from Silicon Valley
「電波鎖国」関連記事まとめ - Tech Mom from Silicon Valley
周波数政策を誤れば「棺桶の蓋に釘」となる - Tech Mom from Silicon Valley

官僚制

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