容量不足議論、周波数オークション、そして米国と日本のケータイ業界

超盛り下がっていることを覚悟してやってきたサンディエゴのCTIA-IT展示会だが、思ったよりも面白くて、よいほうに期待を裏切られた今回。

その理由は、まー私個人の興味の話であるが、久々にまじめにインフラと業界の将来に関する期待の持てる話が聞けたということだ。ヒップホップやゲームや、どうやって儲けるか不明な動画サービスとか"だけ"じゃなくて。そーゆーのもあってもいいけど。

下記は、やや備忘録も兼ねて、見聞きしたことにプラス、日米の業界の友人たちと延々いろいろ話をした中で感じたことを書きとめておく。そのため話が少々飛躍しているが、ご容赦を。どこかでそのうち、ちゃんとまとめて書くつもり。

ジェナコウスキー委員長。若いね。

今回のキーノートの肝は、ジェナコウスキーFCC委員長と、それをめぐるキャリア・メーカー(AT&Tクアルコムなど)との舌戦だった。オバマ政権が、「ネット中立性支持」を打ち出したり、「携帯分野での独占懸念」などを打ち出してきているのに対し、モバイル業界が総力を挙げてプッシュバックしている様子がまざまざと見える。初日しょっぱなに登場したジェナコウスキーは「FCCのワイヤレス政策」として4つのポイントを挙げたが、その順番は(1)周波数をもっと出す(2)無線塔建設を円滑化するための政策提案(3)オープン化促進(4)消費者向けの「透明度」確保の順。この順番はかなり重要。私は(3)を前面に出して話をするかと思ったら、ここしばらくの中立性議論との関連もあり、業界がかなり押し戻したという痕跡が見え、トーンダウンしている感じ。

ほぼすべてのキーノート講演者(ジェナコウスキーを含む)が共通で言った言葉が、「ワイヤレスは容量に物理的な制約があり、じゃぶじゃぶ使えるワイヤラインと同じ原則は使えない」とう点だ。(なんか、業界が押し込んでジェナコウスキーにも言わせた感じがありありで、ほとんど笑えた。)特に、iPhoneトラフィックのおかげで容量不足が急速に深刻化しているAT&Tは、「トラフィックがいかに増えているか」「そのためにどれだけ、無線と固定回線の両方で投資をしているか」「どれだけ周波数を効率的に使っているか」という点について、数字を挙げて繰り返し強調。特に、「この不況下で、これだけ投資しているのは電話会社だけ」という点を何度も言及。(=「だから、もっと周波数ちょうだい。たくさんカネ払ったるから。」と読む。)FCCにしても、ブロードバンド普及や不況対策の点で、結局カネを出せるのは電話会社であることから、電話会社をいじめるよりは、「周波数」というにんじんをぶら下げ、おだてたりすかしたりしたほうが得策ということになったんだろうか。あるいは、なんらかの取引があったのかも。なんとなく、そんな感じが漂う、ポリティカルなトーンの応酬だった。業界の友人たちも、このキーノートのやりとりについては皆それぞれの「読み方」をしていて、面白かった。

さて、ここで面白いと思ったのが、「アメリカは周波数を世界で一番有効につかっている」という、AT&Tのプレゼンに挙げられた点だ。どういう意味で効率的かというと、携帯電話会社が保有する周波数帯が国際的に見て少ないにもかかわらず、音声利用分数が圧倒的に多く、データ量も増えており、その割に料金は安いという比較だ。*1数字の確度はともかく、考えてみれば、米国のキャリアというのは、「周波数を効率的に使うインセンティブ」が確かにあるのだ。

周波数には、対価を払っているからだ。タダだと思うといくらでも無駄遣いするが、お金を払うとケチケチ使うのが人情というもの。ウン億ドルもかけて買った周波数は、寝かしておいてはもったいないし、またその中にできる限りのサービスを詰め込んで、その資産から最大限の売り上げをあげようと頑張る。

その一つのやり方がスマートフォンだ。米国のキャリアは、いまやスマートフォン一辺倒で売りまくっているのは周知のとおり。これは、必ずしも完全な「消費者ドリブン」ではなく、キャリアが端末のラインアップを「調整」して、スマートフォンが売れるように誘導している結果だと私は思っていて、それによりキャリアは、ボイスの基本料金に加え、「スマートフォン端末に応じた月額データ料金」を上乗せしている。これが月額20〜30ドルとなる。これは固定料金で、いくら使ってもよいので、iPhoneユーザーががばがば使って困っているワケだが、逆に言えば、少ししか使わない人も最低限それだけ払っていて、実はかなりの人がこのカテゴリーにはいると思われる。

さて、「スマートフォン」と普通の端末の違いというのは、実のところかなりグレーであり、ユーザーがそのテクニカルな違いをちゃんと見極めて、その機能に対して対価を払っているというより、これは「キャリアが仕掛けたスキーム」なのである。つまり「iPhoneブラックベリーはフツーの電話と違う、スマートフォンというものなのである。だから、キミは月に30ドル余計に払わなければいけないのである」という、心理的な線を引いて、「カテゴリー」と「ブランド」を、マーケティング的につくり上げたのだ。

そして、データプランによって全体のARPUを底上げし、ちゃんとマージンが出せる仕組みを整えたのだ。そのための「スマートフォン」というブランド形成にiPhoneは大幅に貢献したので、まーいろいろ議論はありながら、ケータイ業界はやはりアップルに感謝すべきだと思う。

この先、LTEを導入しても、デジタル化の時のように、設備さえ入れれば周波数効率がアップしてチャンネルあたりのコストが低下するという幸福は見込めない。となれば、手持ちの設備に最大限に「価値あるトラフィック」をなるべくたくさん詰め込み、その付加価値でお客様に納得してもらって高い料金をいただくという「高付加価値」作戦となる。その点で、AT&Tベライゾンは、着々と成功しつつあるように思う。ここで心理的な「値ごろ感」を引き上げておけば、次のLTE以降のサービスでの値段づけの自由度が高くなる。戦略的にしっかりやっているな、という印象を受けた。(このあたり直接オークションとは関係ないのだが、周波数を無駄なく使う、戦略的に使う、という感じを受けたので。アメリカでも人気のない周波数帯はあるが、それなりの安値で売れる仕組みになっている。)

翻って日本では、実のところ、無駄になった「ケータイ」的周波数が死屍累々状態になりつつある。最近では次世代PHSがもうダメそうという話があったし、1.5GHzというガラパゴス周波数は無人の荒野だし、アイピー・モバイルがギブアップした周波数も誰も欲しがらない。一方、700MHzという貴重な周波数帯が、え?と思うような用途に無駄にたくさん割り当てられていたりする。タダだと思うから、ほったらかしになっていても、誰ももったいないと思わないし、まじめに使い方を考えずに周波数を取ってその後死蔵しても困らない。あるいは、値段がないから、今その周波数を保有している人がひたすら権益を主張して、それに反論ができない。転用することと、どちらがいいのか決着できない。無駄がはびこり、新しいサービスはなかなか出てこない・・という見方もできる。

そして、携帯電話キャリアは、「高度成長時代」から、「市場飽和時代」への戦略転換ができずにいる。「お客を増やす」「足りなくなったら周波数はもらえばいい」という、右肩上がりの考え方からどうも脱皮できていないように思う。端末にいかにたくさん、本来の通信機能と関係ない「オマケ」をつけるかの競争と、あとは料金競争・・・

ユーザー一人当たりのアプリダウンロード数では、ここしばらくずっと日本が世界一だったのだが、ついにアメリカがそれを追い越したという数字も紹介された。

CTIAの秋の展示会は今年で終わりになるかなぁ・・・アメリカのギョーカイは大丈夫かなぁ・・という不安を持って出かけたのだが、アップル・グーグルという主役が不在ながら、別の意味で「あ、この人たちちゃんとやってるな」という印象を持ち、なんとなく安心した。

一方、「日本のケータイ業界は大丈夫なんだろうか・・・?」という不安を持った。キャリアの戦略話はともかくとして、まずとりあえず、いまさら、15年遅れではあり、ケータイが飽和している今では時すでに新規参入は無理だし、政府の収入もあまり高額は見込めないけれど、「周波数オークション」はやはり導入すべき、と改めて思った。キャリアの資産活用効率向上と透明性向上のためだけでも、意味があるな、と思う。

私は、1990年代にアメリカで周波数オークションに参加した企業にいて、「入札」ボタンも押した経験があるので、オークション議論については経験者としていろいろ言いたいことはある。是非、関係者の皆様には、議論を尽くしていただきたいと思うし、機会があれば私もできるだけ意見を表明していきたいと思う。

・・・と、話があちこちに飛んだ長文失礼。

*1:ただし、プレゼンテーションに使われていた、米国が日本などと比べて料金がものすごく安いという数字の根拠については大いに疑問がある。体感としては日本はすでに米国とほぼ同じぐらいまで下がっている一方、米国は無料通話が必要以上に多くて基本料金が高くなっている感覚がある。その使いもしない膨大な無料通話で料金を割れば、安くなる計算なので、もしそういう計算ならミスリーディングだ。どのように計測したかが不明なのだが、かなり眉にツバをつけて聞いたほうがいいとは思う、という注釈つきで、の話。