GoogleVoiceにおける「おまえのかーちゃんデベソ」論議

ここ数日、風邪で少々伏せっていたので、世の中のニュースにすっかり遅れていた中、日経の記事でたまたま先に「グーグルとAT&TがGoogleVoiceをめぐって鞘当て」なる記事を読んだ。「GoogleVoiceは高額の料金がかかる特定の電話番号への接続を拒否している」という、意味不明のフレーズがあった。その後ようやく2日ぶりにパソコンを開き、ニュースを読んだところ意味がわかった。

<英語記事>
http://www.fiercevoip.com/story/t-and-google-spar-over-google-voice/2009-09-28?utm_medium=nl&utm_source=internal

まず、GoogleVoiceとは何か、ということだが、さっと記事などを読むと、Skypeのような無料(廉価)VoIPサービスをグーグルがはじめたのか、と思う人が多いと思うが、違う。GoogleVoiceは、一言で言うと「ワンナンバー・ワンボイスメール」サービスであり、端末側はSkypeのようにパソコンにヘッドセットではなく、通常の固定電話や携帯電話を使う。自身で電話番号の在庫を持っていて、ユーザーは無料でユーザー登録でき、新しい電話番号をもらう。転送先の電話番号をいくつでも登録でき、このGoogleVoice番号に受信するとすべての番号を同時に鳴らし、どの番号でも受けられる。電話をとらない場合は、GoogleVoiceのボイスメールにはいり、内容は(英語のみ対応だが)文字化されてeメールやSMSで受け取れる。GoogleVoiceからの発信は、画面からでき、この通話は米国内ならすべて無料。国際電話のみ有料で、GoogleCheckoutで支払う。*1

このように、現行の電話の後ろにネットで付加価値をつけるようなサービスであり、バックエンド(幹線)側はもちろんGoogleの持つデータ回線を使ったVoIPである*2と思われるが、普通の電話の契約とそれとの「相互接続契約」を前提としており、Skypeとは意味も目的も違う。

現在まだクローズド・サービスであり、また米国でしか提供されていないが、私は今年5月に日経コミュニケーションセミナーでこのサービスの詳細について解説しており、またKDDI総研に詳細解説を寄稿して9月号として公開されている。画面キャプチャーなどもあるので、詳細については下記リンクを参考にしてほしい。

http://www.kddi-ri.jp/pdf/KDDI-RA-200909-03-PRT.pdf

実のところ、このサービスの話をしても、日米ともに、多くの人は「めんどくさいだけで、何がいいのかわからない」と首をかしげる。新しい電話番号を付与するというのも、まず大きなハードルである。(だからこそ、「番号ポータビリティ」なわけで。)また、そもそもSkypeが「無料」ということで一番メリットを感じるのは国際電話なわけで、主要なターゲットはここにある。でも、ぐボイスは国際電話は有料。アメリカでは「国内長距離」はほとんど、「携帯の基本料金」に含まれちゃっている世界だし、「無料」だからといってほとんど魅力はない。だから、業界人以外にはあまりまだピンとこない、知られていないサービスでもある。

このサービスの当座ターゲットは「個人事業主」であり、例えばたまたま話の流れで、ウチで頼んでいる保険屋さんにこのサービスの話をしたら、「え?それはすごい、すぐ使いたい。いくら?え?タダ?うそでしょ!どうすればサインアップできるの??」とすごくコーフンした。私自身は、主に発信で使っているが、これを使っておけば、通話記録が携帯・固定・SMSとすべて一覧で残り、サーチもできるのが便利だし、発信時はメールやウェブで表示されている電話番号をコピペすればいい。さらに、特に苦手な「英語で長々とボイスメールが残っていて、肝心の折り返し電話番号がもそもそ言っているので全然聞き取れない」という問題がさくっと解決されるのがえらく気に入っている。ボイスメールの文字化(トランスクリプト)は間違いだらけだが、電話番号の聞き取りについては、音声処理の分野の中でも特にノウハウの蓄積が進んでいる分野なので、ほぼ間違いなく文字化されていて、しかもそこをクリックすれば電話できるようになっている。*3ぐボイスを使いはじめてから、自宅の固定電話で番号ボタンを押して発信することがほとんどなくなった。

このGoogleVoiceは、すでにBlackberryでは「アプリ」として提供されているが、あまり私は使っていない。携帯からの発信については、それほど大きな便利さの違いがないからだ。で、この「スマートフォン・アプリ」をiPhoneに載せようとしたところで騒ぎが起こった。アップルがこのアプリを「拒否した」という話。このあたりは、9月15日号の「日経コミュニケーション」に書いているので、お手元にある方はご参照されたし。

その次に、今日のお題であるAT&Tとの騒ぎである。アップルとの話にFCCが介入して来た際、AT&TiPhoneのキャリア)は「ボク、なんにも知らないもんね、なんにも聞いてないもんね」と弁明、アップルも「拒否したわけじゃなくまだ検討中なだけ」などと言っていたのだが、話が煮詰まってどうやらアップルが本当に「拒否した」という線が濃くなっていた。「iPhoneの通話機能とバッティングして問題を起こす可能性があるから」という話だった。私には、何がどうバッティングして問題になるのか、技術的な詳細はわからないのだが。

ところへ、今回のAT&Tの件。もうここまでくると、最近「ネット中立性」に関してFCCが「中立性支持」という線を明確に打ち出した(私としては「なんでいまさら、寝た子を起こすかなー・・・みんな忘れかけていたのに・・・意味不明・・・」と思っていたのだが)のに対抗して、「おまえのかーちゃんデベソ」と言われて「おまえのかーちゃんこそデベソ」と言い返している昭和の子供みたいに思えてしまう。

というのは、AT&Tの言い分は、ぐボイスで「過疎地への通話発信ができない」ことを「中立性に鑑みて不当である」ということだからだ。一部過疎地への発信ができないというのは、私も知らなかったが、グーグル側の反論を見ても、そのこと自体は本当のようだ。つまり、ぐボイスからの発信呼を「着信」させるためには、アクセス回線を持つ地域電話会社に「着信料金」を支払う必要があるが、過疎地でコストの高い地域では、この着信料金が高く設定されており、そういうところとは接続契約ができていない、だから着信させられない、ということと推測される。その昔、携帯電話会社同士や携帯と固定のの接続契約が進んでいなかったときに、「どこのキャリアからどこへの発信はできない」という状態があったが、それと同じことだ。

ネット中立性を推進する側の大将はグーグルであり、グーグルのCEOエリック・シュミットオバマ大統領と近い関係にあることはよく知られている。また、ネット中立性議論が巻き起こったのは、AT&Tの前のCEOであるエド・ウィタカー(現GMのCEO)が「グーグルとかが、設備投資の負担もせずにウチらの回線にタダのりしている」と発言したことに端を発する。

そういった背景から見ていると、「中立性」で政治力を発揮してしまったグーグルに対抗して、「お前のところこそ、電話サービスをやっていながら一部地域には発信できないなど、不公平ではないか。高い接続料を払ってもすべての地域に対してユニバーサル・サービスを提供しているウチらの苦労も知らないで、いいとこどりしようというのはずるいではないか。ネット中立性などと唱える割に、コモン・キャリアとしての通信の公平性を尊重しないのか*4」というお怒りというか、論点というか、のような気がする。

AT&Tにとって一番懐が痛むのは、通話の部分ではない、との解説もある。例えばiPhoneで言えば、ぐボイスを使って通話するときには、上記のようにSkypeと違い、データ回線ではなく、通常の通話回線を使う。通話分数はきちんと勘定される。長距離ボイスの部分はAT&Tでなくグーグルが提供するが、その分はどうせAT&Tも個別課金していないので、別に困らない。AT&Tが困るのは、実は「ぐボイスを使うと、パソコンから無料でSMSが発信できてしまう」という点ではないかというのだ。SMSはいまや、アメリカの携帯キャリアにとっての隠れたドル箱なので、これは痛いとのことだ。しかし、それも考えよう。私の場合、ぐボイスのボイスメール・トランスクリプトをSMSで受信する設定に最初していたため、SMS受信が莫大に増えてしまった。(これはちゃんとカウントされて携帯キャリアに料金払う。)結局、「SMS月額定額無制限料金」プランにするはめに陥ってしまった。つまり、ぐボイスのおかげで、SMSが増えるという効果もあるので、どちらが得か損か、私にはよくわからない。*5

などと考えると、今AT&Tがあえてぐボイスに難癖をつけるのは、懐が痛むからではなく、「お前のかーちゃんこそデベソじゃないか」と言い返して、政治的に反撃するという意味なのでは、と思っている。

<追記>
ブコメに「ユニバーサルサービス・チャージ」の指摘をされた方があり、そういえば、確かに、と思ったので追記。このやり方(無料のウェブサービス)では、ユニバを徴収しようがなく、グーグルがユニバを負担しているという話も今のところなさそうです。つまり、この点も「お前んとこ、ずるいじゃないか」のお怒りの一因となっている可能性はありそうです。

*1:発信の場合は、画面で相手先の電話番号と、自分側は登録してある番号のうちどれを使うかを指示する。ぐボイスを軸とした「三者通話」となる。接続に関しては、トラディショナルな電話の世界の仕組みを活用しているという感じが強い。

*2:この点については、AT&Tなどの普通の電話会社も、長距離幹線部分は相当IP化が進んでいるので、フツーのことである。

*3:なお、私の場合、スマートフォンで似たような機能を提供するSkydeckというサービスを使っていて、これとぐボイスのマッシュアップを入れると、スマートフォンで受信した分もぐボイスにはいるという裏技を利用している。現在、SkydeckはBlackberry、WindowsMobile、Androidのみ対応で、iPhoneマルチタスクができないので未対応。また、携帯の番号を番号ポータビリティでぐボイス番号として設定するという裏技もあるようだが、これはまだまだ普通の人にはなかなかできない高度技らしい。

*4:グーグルは、「これはウェブサービスであって、ウチはコモンキャリアじゃない」と反論しているようだが、電話番号の割り当てをもらっているということは、グーグルは法的には電話キャリアとしてのステータスを持っている。正確にはその前身のGrand Centralがそうなっているはず。とはいえ、すべての電話キャリアがユニバーサルサービスを提供しなければいけない義務を負うわけではなく、この点はすぱっと割り切れない。

*5:と同時に、SMS転送でなくEメール転送だけの設定にしたので、被害は減った。とにかく、やたら長いボイスメールを残す輩が多くて、SMSだと、一本のボイスメールで3本とかに分割されてしまうのだ。でも、そういう長いボイスメールに限って、子供の医者だとか学校だとか、重要なものが多いのだよ・・・