「インフラただ乗り論」日米の違い

いくつか、日本での「インフラただのり論」の経緯やポイントを示した記事が注目された。

ネットインフラただ乗り論争の本質 - CNET Japan
日本のインターネット、マジやばくね? | 音極道茶室(旧アーカイブ)
http://blog.radionikkei.jp/webmaster/index.php?ID=537
急浮上した「インフラ“ただ乗り論”」に出口はあるか? − @IT

このほか多数あるので、全部読んだわけではないのだが、ざっと見たところ「え?ちょっと違うんじゃ・・?」というのが私の最初の反応だったが、ちょっと考えたら、要するに日本とアメリカではボトルネックが何かというのが違うので、役者や舞台背景や議論のトーンは似ているけれど、話している中身が違うということでは?と思い当たった。

それで、見かけの類似だけでアメリカのことを日本で引用するようになっても困るので、アメリカのその後の状況をちょっと記しておく。仕事が忙しく、細かいウラ取りをするエネルギーはないのだが、忘れないうちに書いておくということで、詳細の情報は書き飛ばすのでどうかご容赦を。

「ただのり論」の最初のエントリーで、私はバックボーンの需給逼迫がコトのきっかけではないか、ということを書いた。

「インフラただのり論」は「売り手市場」への変化点---通信が値上が - Tech Mom from Silicon Valley

このときの書き方がこれまた書き飛ばしだったので、バックボーンに焦点が当たっているように読めてしまうが、ちょっと訂正。

これは価格が上昇局面にはいるというだけの話で、バックボーンの逼迫やおカネの分配のやりかたは、アメリカではその後あまり問題になっているようには見えない。バックボーンでは、ピアリングというおカネを介さないやり方もあるが、ティア1バックボーンにティア2以下の中小ISPがつないでもらうときにはちゃんとお金を払うワケで、業者間取引の世界だから、需給が逼迫してくれば価格は上がりやすく、マージンが上がればちゃんと事業者は投資する。お金さえあれば、地下でゾンビになっているダークファイバーに火を入れるだけのことだから、自然に供給は増えて、そのうち均衡に達するだろう。

もちろん、上記の記事でIIJの鈴木社長が指摘しているような、「中間で誰がどれだけ運んでいるかわからない」という問題は、もうインターネットの生まれたときからある。10年ぐらい前に、確かメットカーフが「インターネットはそのうち崩壊する」と言っていたやうな記憶がある。電話の世界では、どの番号からいつどれだけどこを通ってどの番号に通話がされたか、全部把握されていて、受信側の電話会社に設備利用料を支払う膨大な仕組みがどんな世界の片隅でもきちんと動いている。だから、電話会社からすると、ネットの伝統的な「ドンブリ勘定」的つなぎかたは信じられない世界だ。

でも、いまさらその仕組みをひっくり返すのは現実的ではない。そのため、私が上記エントリーで書いたような、ネットのトラフィックに「松竹梅」をつけて、プレミアム・トラフィックを優先的に流すのが現実的という議論になっている。(英語でいう「tiered Internet」問題)当然、ネット・サービス屋さんやネット・ギークたちは反対する人が多い。

QoS」という一言でくくられる事項は、実はいろいろな要素を含むのだが、テレコム屋にしてみれば、技術的に可能にさえなれば、ネットで「QoS」をやる、というのは当たり前以前のあまりに当たり前な希望であった。で、最近はルーターでdeep packet anlysisができるようになって、さぁ、ようやくキメ細かいQoSサービスができるようになったなー、ストリーミング系のデータや、大口顧客の大企業などのトラフィックを、プレミアムをチャージするかわり優先して流すことができるようになったなー、というところだったのではないかと思う。なら、静かにやればいいものを、なぜこんな騒ぎになるようなことを大声でわざわざ言うのだろう?と不思議なのだが、何か私の認識が違っているのかな?

で、なにしろ、下院House Enegy and Commerce委員会で、民主党議員が「Net Neutrality Act」なるものを提案して、共和党主導の票決で否決されるという騒ぎになった。

Search | com.com

ここで問題なのは、ベライゾンAT&Tが現在、ケーブルテレビに対抗して映像配信サービスを自分でやろうとしていることだ。

アメリカでは、ボトルネックはバックボーンでなく、ブロードバンドのアクセス部分だ。バックボーンが業者間取引なのに対し、これは消費者向けのサービスなので、おのずとチャージできる金額に限界がある。別に科学的根拠はないが、アメリカではこの種の通信サービスの「値ごろ感」というのは、$40〜50ぐらいだと思っている。携帯電話のARPUも$50前後だし、ブロードバンドも料金がこの水準になったとたんに普及スピードが速くなった。でも、アメリカは地理的に分散しているので、DSLが届かないところも多く、設備建設にコストがかかる。共和党政府が「権力集中」を容認して背中を押して、ようやくこの水準まで価格を下げさせた。

で、「擬似独占」を前提として建設したブロードバンドの料金はいまや公共サービスみたいなもので、そうそう値上げできなくなった。一方、トラフィックは下りのトラフィック、つまり他の人(グーグルやボネージやYouTube)が発信するデータを着信してあげている量のほうが、自分たちの顧客である消費者が発信する量よりもはるかに多い。電話的な感覚では「相殺しても余る分は、ターミネーション・チャージを払ってよ」と言いたくなるということではないかと思う。別の言い方をすると、「こんな儲かんないもん、そもそもやりたくなかったのに、政府がやれっていうから仕方なしにやってやってるんだ。なら、それなりに誰かが対価を払って儲けられるようにしてよ。」という雰囲気が感じられる。

さて、集中を容認する根拠の一つが、ケーブルテレビという異業種競争相手の存在だったのだが、ケーブルが通信に進出するのがOKで、通信が映像に進出するのはダメ、というわけにもいかないので、それもOKとなり、今せっせとやっている。で、「松竹梅」がOKになってしまったら、自分たちの配信する映像ばかりを「松」として優先配信するのではないか、というところが、「Net Neutrality」を求める人たちの懸念なのである。

つまり、共和党が容認した「垂直統合・巨大化政策」に対して民主党が異を唱えている構図ということである。共和党は、ここで電話会社に下りられてしまったら困るから、Net Neutralityも否決してあげた。ただ、政治的に根本的な考え方の対立でもあるので、コトはこれだけでは収まらないだろう。ブッシュの任期はまだ半分あるし、そう簡単には「巨大化政策」は変わらない一方、政権の人気は落ちているので、攻める側も次なる手を出してくるかもしれない。

とりあえず、現状の解説のみ。そういうわけで、日本の状況には、あまり参考にならないかもしれないけれど。これに対して、どう思うかという話とか、ベライゾンやケーブルの話などは、これまたエネルギーが必要なので、また後日に書こうと思う。