IT産業でのキャリアを目指すお若い方々(特に女性)へ

ふと、思い出したので、書き留めておく。こうしたことが気楽にできるのも、ブログのよいところだ。

私の所属する一橋大学OBのIT経営研究会では、学部で一こま講座を持っていて、IT産業に従事するOBが学生に話をする。昨年は私も対談にお呼びいただき、シリコンバレーの話などをしたのだが、講義の日の直前まで昼夜兼行で締切仕事と戦っている状態で、あまりきちんと準備ができず、言いたいことがちゃんと伝わったかどうか不安で、せっかくの機会だったのに残念だった、とずっと思っていた。

そうこうするうち、最近「既存の企業への就職とIT長者へのあこがれの間で揺れ動く若者の心理」みたいな記事(たしか日経だったと思うが)を読み、ちょっとひっかかっていたので、こんなコトを思い出した。

私が言いたかったのは、こういうことだ。

若い方々が、IT長者の成功譚を見て、ベンチャーを目指すのは、全体としては喜ばしいことだと思う。また、チープ革命の時代、少ない資金と少人数でもベンチャーを立ち上げられるようになったのも事実だ。しかし、みんながみんな、IT長者になることができるはずはない。シリコンバレーでも、成功した長者一人の陰には、何千人、何万人という「成功でも失敗でもない人」や、本当に「失敗して大変な目にあった人」がいるのだ。

それに、ベンチャーを立ち上げるだけがIT産業ではない。シリコンバレーが長年にわたって、ベンチャーを生み育てる風土を維持しているのは、起業家を支える周辺の人的インフラの層が厚いからだ。日本のマスコミでは、何かと「長者」たちばかりをおもしろおかしく取りあげるが、実際にはそれを支える「人的インフラ」がなければ、起業家を生み出す風土を永続的に支えることはできない。

私自身も、一応スタンフォードの出身だから、起業する人が世の中で一番偉い、という思想を持っている。しかし、私には、自分で起業する度胸もアイディアも運もなかった。大型ベンチャーの中間管理職はやったことがあるが、仕事がきつく、出産も重なって、体をこわした。日本で成功したネット・ベンチャーの方々の話を聞いても、やはり起業というのは、ものすごいエネルギーが必要なことなのだと思う。誰にでもできることではない。特に私のように、子供も産みたいという女性にとっては、キャリアの上でも出産のためにも、ちょうどproductiveな時期が同じ頃に重なってしまっている。残念ながら、両方を完全にやりとおすことは、多くの人(それをやり通す並はずれたエネルギーと才能があるか、または子育てに親など他の家族の手を借りられるか、以外の人)にとっては、現実的に非常に難しいと思う。

それで、私は「人的インフラ」側になった。具体的には、例えばベンチャーキャピタルベンチャーに詳しい弁護士や会計士などの専門家。あるいは独立のソフトウェア技術者や私のようなコンサルタント(=知的日雇い労働者)なども、仕事量が不安定なベンチャーにとっては不可欠な存在である。これに加え、ベンチャーのexitを提供する、企業バイヤー(ベンチャーを買収する大企業)も当地にはたくさんあり、自社でR&Dを抱え込まずにベンチャーのよいものを買って新技術を取り込んでいくという生態系ができているので、「買う側」という仕事も必要だ。

そして、私のキャリアは「大成功」ではないが、子供を育てながら、この物価の高いベイエリアでなんとか喰っていけるだけの収入を、好きな専門分野で得ることができているのだから、「中成功」ぐらいとは言えると思っている。

シリコンバレーのバブルが崩壊した頃、学生起業家を目指した人の悲惨な末路の記事をSFクロニクルで読んだ。バブルの間はそこそこ資金も集まったが、バブル崩壊後、事業は失敗。それで彼は就職しようとしたが、「社長」以外にやったことがない。どの部門に応募しても、「経験がない」「実績がない」といって断られ続けた。ソフトウェア技術者、といったスキルがすでにあれば、それで独立することもできるが、彼にはそういうスキルもなかった。そして、彼の銀行口座にはあと数十ドルしかなく、もう今月の家賃が払えない、と途方にくれているところで、記事は終わっていた。

それを覚悟で、ガッツで起業するもよし。しかし、そればかりがやり方ではない。最初にしばらく大企業で働いて、人脈やアイディアを蓄積してから起業するのが、むしろ当地では常道だし、上記のような隘路に陥ることも避けられる。あるいは、弁護士などの資格を取ったり、特定分野のスキルを蓄積して、インフラ側の仕事をやるというのもある。そこからベンチャー側に移ることも可能だし、ベンチャーで失敗したときにはインフラ側の仕事に戻ることもできる。

要するに、道は一つではない、ということ。みんながみんな、ホリエモンや三木谷さんのようなタイプの起業家になる必要はない。特に、出産・子育てもやりたい女性や、自分はそういうキャラではないという人は、インフラ側のプロとしての仕事はより適していると思う。

インフラ側だと、長者にはなれないだろうが(なる人もいる)、やり方次第で、よりローリスクながら楽しいことができると思うのだ。一方、ようやくベンチャーを許容する風土ができてきた日本では、まだまだこうした、人的インフラの層をこれから厚くしていく必要があると思っている。