放送とネットの融合は「電車男型出世魚」

丸山茂雄さんという方が、MF247という「ネット上の音楽オープン勝ち抜き戦」の仕組みを始められた、という記事を日経で読んだとき、これはてっきり梅田さんの入れ知恵だとばかり思っていたら、そうでもないらしい。

丸山氏のブログ
http://d.hatena.ne.jp/marusan55/

mF247は、私が自分の直感で組み立てたのですが、梅田さんの論文を読んで、影響を受けてどんどん修正を重ねています。梅田さんにはまだお会いした事はありませんが、このブログからお礼を申し上げます。

梅田さんの論文
http://www.shinchosha.co.jp/foresight/web_kikaku/u105.html

誤解を恐れずに言えばこれからは、文章、写真、語り、音楽、絵画、映像……ありとあらゆる表現行為について、甲子園に進むための高校野球予選のような仕組みが、世界中すべての人に開かれているのが常態となるだろう。


ネットの世界で「Long Tailから甲子園予選を勝ち抜いていく仕組み」は、このところ梅田さんと私で議論している話題で、私は特に音楽や映像といった、ブロードバンドに親和性の高いコンテンツでの事例に興味を持っている。

前に、「テニスはLong Tail型スポーツ」とこのブログに書いたことがあるが、ここでもまさに、テニスはこの仕組みによく似ている。ウィンブルドンやUSオープンを頂点としたトップ選手が属するツアーは男子ならATPと呼ばれるエリート軍団。この下に「チャレンジャー」ツアーがあり、ATPでも下のほうの選手はいくらかこことだぶっている。さらにこの下に、「サテライト」という泥沼の底辺ツアーがある。ここまで来ると、世界ランキング何千何百位といったレベルで、テニスのトーナメントだけの収入では食べていけない。試合に勝てばポイントをもらえ、上位選手に勝てばさらにボーナス・ポイントがもらえる。ポイントを重ねていけば、上のツアーに上がっていくことができる。誰かのめがねにかなうなどといった恣意のはいらない、極めて公平でメカニカルなシステムである。

普通は、トップの選手はジュニア時代にすでに上位にいて、プロ転向するといきなりATPにはいるのだが、中には97/98年のUSオープン優勝者パトリック・ラフターのように、サテライトからはい上がってくる選手もある。

さて、我々のような「配信側業界」の人間から見ると、音楽や映像の世界には、「ATPツアー」と「サテライト・ツアー」はあるのだが、その間をつなぐ「チャレンジャー」がぽっかり抜けているように見える。これは、配信手段における物理的・コスト的制約要因によるものだ。

劇場映画やテレビ番組、ヒット曲の世界は「ATP」にあたる。物理的に配信ルートの数が限られることから、一作あたりの売上が相当に大きいことが要求される。制作や販売にもコストがかかる。

一方、ネットの世界では、配信ルートは無限大なので、誰でも勝手にビデオをVlogにアップロードできるし、素人バンドが音楽を勝手に無料配信することもできる。しかし、今のところここは玉石混淆(というよりほとんど石ばかり)の泥沼であり、またお金を集める仕組みが未発達であるため、これだけでは食べていけない。そして、この底辺ツアーから上位に上がっていく仕組みというのは、これまでなかった。

さて、この中間の「チャレンジャー」ツアーにあたる部分が、今はやりの「放送とネットの融合」によって生まれる、新しい領域であるというのが、私の持論である。泥沼底辺のネットの世界がホンモノのLong Tail、旧来の大作映画の世界をShort Tailとすれば、「Middle Tail」とでも言うかな、と勝手に命名している。

どんなにブロードバンドが発達しても、今やっているテレビを、みんながネットの上で見るようになることはないだろう。逆に、今のテレビでみんなが今のネット・コンテンツを見るようになることもないだろう。この二つはあまりにハードの特性もコンテンツのレベルも違いすぎる。

しかし、この中間に、プロが作った上質なコンテンツではあるが、ニッチ向きで期待される販売数がそれほど多くないために、日の目を見ない、というモノが実はたくさんあると私は思っている。配信ルートの数が増え、少額のコンテンツ料でも成り立つようにコストの敷居が低くなると、こうしたコンテンツが経済合理性の水面上に上がってくるだろう。これが、中間領域たるブロードバンドの守備範囲となる。

それを実現するためには、解決すべき課題はもちろんいろいろある。著作権の仕組みと課金の仕組みが最大のものだ。しかし、ブロードバンドが普及し、特に「コンテンツ大国」であるアメリカで「クリティカル・マス」を超えるレベルとなりつつある現在、Middle Tailを「マネタイズ」する圧力が次第に高まっていると私はずっと思っているし、また必要となればこれらの仕組みは誰かが必ず作り出すだろう。

さらに、こうしたMiddle Tailのコンテンツは、ずっとMiddle Tailにとどまるのではなく、ものによってはトップ・ツアーにまでのし上がることが可能になるかもしれない。これまたテニスの例を引くと、上位に上がると「シード」がつく。シードされると、組み合わせが有利になり、トーナメントで上位に残れる可能性がますます高くなる。現在のネットの仕組みでは、膨大な数のネットの参加者が、人気コンテンツに自動的に「シード」をつけることが比較的容易である。そして、いったんシードされると、ますます注目度が上がる仕組みになっている。チャレンジャー・ツアーでも、どんどん上位シードにあがっていき、やがてATPツアーに上がれるようになっていくだろう。

これを私は、これまた勝手に、「2ちゃんねる→小説→映画・ドラマ」と出世した例にちなんで、「電車男出世魚現象」(長すぎ・・しかし「電車男現象」というと、別のことを指しそうな気がするので・・)と呼んでいる。「配信サイド」の私から見て、こうした楽しい現象がこれからどんどん出てくればいいのに、と思っていたところ、音楽のプロの方が同じように考えておられると知って、「我が意を得たり」と勇気づけられている。