孫正義とマイケル・アームストロング-「素人の発想」

しばらく日本のニュースをきちんと読んでいるヒマがなかったので、出張の飛行機の中で孫さんの800MHz騒動のコトの次第をようやく読むことができ、納得したというお恥ずかしい話。2GHzに比べて800MHzのほうが電波が届きやすいということを聞いて孫さんが宗旨替えをし、急に800MHzにこだわるようになった、というのがもし本当なら、なるほど、ドコモやKDDIの人たちが「このド素人が、なんにも知らないくせに、引っかき回しやがって!」と怒り狂っても無理はない。

専門家がコリ固まってしまって思いつかないようなことを、素人の発想で思い切ってやってしまう強みというのは確かにある。孫さんのビジョナリーとしての強みもそこにあると言えよう。

しかし、通信の中でも特に無線というのは、不安定な環境の中で動作するものであり、周波数による電波特性、地形、天候などいろいろなものに左右されるし、タワーを建てる場所の手配やバックホール・ネットワークなどの非無線部分に時間やコストがかかる。また、端末をメーカーに作ってもらわなければならないが、開発費のかかる携帯端末は、数量が見込めないとダメなので、新しい周波数や方式の導入時はとても気を遣う。失敗すればアメリカのGSMのようになってしまう。何かと気を遣う方面の多い、やっかいな生き物なのである。無線サービスの経済性というのは、日米ともに、一般的なマスコミの報道では、かなり誤解されることが多い。WiFiへの過剰期待もそうだし、最近では一時のWiMAXフィーバーもそうだ。無線は便利で安くできる、とやたら思われているフシがあるが、そう簡単なものではない。ちゃんと作らないと、ダメなのだ。

だから、孫さんもビジョナリーはいいが、もっと無線の技術や経済性をよくわかっている専門家を責任者に引っ張ってきたほうがいいのではないか?と余計な心配をしてしまう。

素人の失敗と言えば、壮大なのがマイケル・アームストロングである。彼がTCIの買収を決めたとき、まだ若くて素直だった私は、「あぁ、きっと私などの外部の人間にはわからない経済性があるんだろうなぁ、こんなにお金をかけてケーブル・テレフォニーをやって、それでもAT&Tが儲かるアテがあるんだろうなぁ。」と感心したものだ。彼の前任者、ボブ・アレンが同じことを検討してやっぱりヤメタという過去があるので、時代が変わり、素人の発想のほうが専門家の経験よりも勝るのだろうか、と漠然と思った。

結果的には、この素人の発想が、135年の歴史を持つ名門企業を殺してしまった。過剰債務を抱え込み、ケーブル・テレフォニーは不発に終わり、虎の子のAT&Tワイヤレスを手放すハメになり、通信事業者生き残り組にはいるためのチケットをなくしてしまった。そして、ついに安値で買いたたかれてしまったのだ。

発想は素人でもいいが、エクセキューションの部分では、やはり専門家はきちんと尊敬されるべきなのだ。日本では、あちこちで素人が幅をきかせすぎている、と思うことがときどきある。専門家の意見をやたらないがしろにすべきではないと思う。