カルロス・スリム (Carlos Slim)の野望

Carlos Slim Helu。メキシコの億万長者で、旧国営電話会社Telmexの支配的株主。携帯電話持ち株会社であるAmerica Movilを通じて、中南米各国の携帯電話会社の株も持つ、ラテンアメリカの「通信王」である。

この中南米通信王が、アメリカにもじわじわ勢力を伸ばしつつある。

見かけはあまりスリムでない、このスリム氏に私が会ったのは、もう10数年前のことである。当時私は、NTTの使い走りで、Telmex民営化の際、NTTが一枚かもうとしたときに、えらい人について回って雑用をしていた。スリム氏に直接会ったのは一度きりで、もちろん彼のほうは覚えてもいないだろうが、その時におみやげに、彼の細密画コレクションの画集をもらい、今でも私の書庫に置いてある。

一応面識があることもあり、彼が米国の電話会社に食指を伸ばしだした頃から、これは面白くなるゾ、と注目していた。最初に彼が長距離キャリア業界のドタバタ劇に登場したのは、2002年の春。倒産した長距離キャリア、XOコミュニケーションズを、日本でいう「乗っ取り屋」フォーストマン・リトルとTelmexが組んで、買収しようとしたのだ。この件では、カール・アイカーンが対抗馬として登場して、買収には失敗した。

次の目立った動きは、2004年にまだ倒産再建中であったMCIの株をTelmexが買い進み、筆頭株主となったこと。そして同年、ブラジルの長距離電話会社、エンブラテルのMCI持ち分を、Telmexが買収した。こうして、Telmex=スリム氏は、南米にさらに勢力を伸ばしつつ、MCIとの縁が深まっていく。

ところで、実質上スリム氏の会社であるTelmexは、民営化時に外国の有力キャリアの資本を導入したいという政府の目論見があったために、スリム氏がSBCと提携して、現在でもSBCが一部株を持っている。(民営化の際には、フランス・テレコムもパートナーであったが、その後資本を引き上げた。)中南米携帯持ち株会社であるアメリカ・モビルも、スリム氏とSBCの合弁会社である。スリム氏とSBCは、長いこと提携関係にある。

ご存知のとおり、MCIは現在、ベライゾンとクウェストの間で取り合いになっている。どちらに転んでも、SBCの競合相手なのである。

このように、スリム氏が両陣営ともに深い関係があるのは、「conflict of interest」ではないか、ということを、数ヶ月前にサンフランシスコ・クロニクルが報じたが、そんな記事に興味を持ったのは、私のようなテレコムおたくだけだったであろう。特にそれ以上問題視されることもなく、現在に至っている。

そんな中、今日のWSJには、これまで沈黙を守ってきたスリム氏が、「ベライゾンのMCI買収提案は価格が低すぎ、株主の利益と反する。これからは、積極的にMCIの最大株主として株主の利益を守るよう、動く。」と宣言したとの記事が載っている。

このように、スリム氏の米国進出は、思いつきでやっているのではない。どん底状態の米国の長距離業界を昔話「わらしべ長者」における「ワラ」として使い、じわじわと米国通信業界に勢力を伸ばそうとしているに違いない。

コモディティ化した通信業界で、途上国の億万長者がどこまで支配を広げるか。彼との関わりが、米国の通信業界に何をもたらすのか。私もまだよくわからないが、「ベライゾン対SBC」の単純な寡占競争に一石を投じることができれば、とても面白いことになるだろう。