桃屋CMアーカイブ公開 - 映像における「パブリック・ドメイン」の試み

数日前に発表されたのでご存知の方も多いと思うが、あの三木のり平さんのアニメでおなじみの「桃屋」のテレビコマーシャルが、アーカイブとしてネットで公開された。

「食卓に映し出された"昭和"と日本の生活文化」オンライン展、下記でご覧頂けるようになりました。

http://www.documentshowa.jp/
*最新のフラッシュ・プレーヤーをインストールの上、ご覧下さい。
*推奨解像度は1280x960ピクセル以上(画面の設定)を推奨
*時代を行き来するためにはindex pageの矢印(↑↓)をクリックして
下さい。
(画面中央の上下にあります)


Adobeフラッシュ・プレイヤーのアップデートをお忘れなく!07年12月に最新版が出ていて、それになっていなかったので、私は最初、見られなかった。それから、特にマックでなくWindowsPCで見る人は、「年表」をめくるためには、画面をスクロールダウンして、中央下部にある点滅矢印を押すこと。微妙に画面のサイズが違って、矢印が画面の下にかくれて見えないので、私はこれがわからず、「ヴォケ」扱いされた・・・)

表紙にデカデカと「文化庁」とあるので、む?お役所がやったにしてはやけにキレイじゃん、とお思いかと思うが、実は慶応大学デジタルメディア・コンテンツ統合研究機構(DMC*1がやっている。文化庁はお金を出しているだけ。私の長年の友人である岩渕潤子が仕掛け人で、以前からプロジェクトについては聞いたので、楽しみにしていた。

中味については、下記の記事に詳しく書いてある。

桃屋「のり平アニメ」CM、ネットで世界に発信 「大衆文化伝えたい」 - ITmedia NEWS

これだけ長いこと、同じキャラクターを使ったCMのシリーズ、というロングセラーも珍しい。私も記憶のある懐かしいものも多い。改めて中味を見ると、その時代の流行や話題を取り入れていて、「ポップ・カルチャー史」としても楽しめる。

なぜ注目しているかというと、YouTubeなどをめぐって、旧態依然の著作権論者が多い日本の映像業界に、一石を投じるのでは、と思うからだ。

まず断っておくと、以前レッシグの本を読んでから、私はバリバリのレッシグ信奉者である。

レッシグ「Free Culture」の感想 - Tech Mom from Silicon Valley

テレビ普及以来、CMというのは番組そのものよりももっとストレートに時代を反映する、ポップ・カルチャーが凝縮された貴重な資料であり続けている。題材として取り入れている世相、出演しているその時代の人気者、ファッションやスタイル、映像やアニメの技術、時代の気分などなど、いろんなものが詰まっている。昔の名作CMで、見てみたいと思うものも多い。しかも短いので、本来ならばネット視聴に適した素材である。

しかし、ドラマならばDVD化されるものもあるが、CMはアーカイブとして見ることができないのが普通。ドラマよりもさらに、権利関係は複雑だ。発注したスポンサー、制作した会社、出演者、音楽制作者などなど、多くの関係者がからみ、もともとドラマのような「二次利用」は想定されていないので、二次利用に関する取り決めも普通はしていない。発注元のスポンサー会社が権利を持つのが普通のように思うが、例えばキムタクが出演したCMを、スポンサー会社が自社の判断でアーカイブ公開するなどということはゼッタイありえない、と考えると、その面倒さがわかる。

このため、過去のCMというのは、普通「見ることができない立ち入り禁止区域」になってしまっている。「商売」という観点から言えば、「だから、ナニ?」である。スポンサーにとっては、商品を宣伝するための価値がなくなった過去のCMなど、何の役にも立たない。テレビ会社も、出演者の芸能事務所も、お金をとって売ることのできないCMは価値がない。商売ベースに乗らないから、どんなに名作といわれるCMも、テレビ放映が終ればもはや合法的に見ることはできない。

でも、世の中にはそれが見たいと思う人がいる。目的はさまざまである。CMそのものが名作なら、また見てみたいと思う人もいるだろう。出演者のファンなら、若かった頃のダレソレさんが見たいかもしれない。そして、「現代の時代資料」として、役にたつこともある。そういう人は、誰かが昔録画しておいたものが、たまたまYouTubeなどに流出したものをキャッチするしか、方法はない。違法なやり方しかないのである。なんとかならないのかな、と思ってしまう。

レッシグが著書の中で言っているような、創作物を公共の場(「パブリック・ドメイン」)で公開することにより、その知識を多くの人が広く利用して、世の中の知識の向上に役立てる、という考え方は、日本より欧米で強い。お金をとって売っている本を図書館で無料で読める、何億円もするような貴重な芸術品を美術館や博物館で誰でも見られる、というのは、この考え方に基づいている。創作者がその作品を販売して利益を得ることと、パブリック・ドメインで公開して世の中全体に役立てることの間には、常にせめぎあいがあるが、それを解決する妥協方法として、図書館や美術館が存在する。

デジタル創作物に関しては、まだこうした妥協方法が確立されていない。資料としての重要性が軽視されている、という点もあるだろう。テレビCMの例は、その意味でとてもわかりやすい例だ。商売として成り立たないがゆえに、お蔵入り状態が続き、誰もあえてパブリック・ドメインに引っ張り出そうとする努力をしない。

桃屋」の試みは、それに挑戦するものである。この試みは、まず桃屋さん側のご好意から始まったらしいが、いろいろな意味で特別な例である。CMそのものは、アニメであるがゆえに、出演者の権利関係は比較的シンプルである。キャラクターとなっているのは三木のり平さん一人で、彼はすでに他界している。同じシリーズが長いこと続いているという、体系だった現代史資料として使いやすい特徴もある。

川崎市民ミュージアムという博物館があり、ここはアニメやマンガなどのコレクションに力を入れているのだそうだ。それで、桃屋さんが川崎市民ミュージアムにCMのアーカイブを寄贈することになった。そこに、かねてからYouTubeのような動画プラットフォーム「VolumeOne」を開発して運用している慶応DMCが協力することになった。まず試験的に、VolumeOneにアーカイブを全部載せて動かすところから始め、今回はその中から50本を選んで、制作クレジットや時代背景の説明などを加えてきちんとした「展示物」として整備し、パブリック・ドメインの「デジタル仮想博物館」として、公開したのである。*2

さらに、ネットで公開するという強みを生かすため、サイトは日本語と英語の両方で見られるようにし、海外の研究者も利用できるようにした。文書の資料は、フランス語とポルトガル語もある。すでに、欧州の美術館との共同研究の話も進んでいるらしい。

つまり、ただ単に「なつかしい桃屋のCMが見られて面白いねー」というだけの話ではない。日本でまだまだ未発達な、「デジタル創作物のパブリック・ドメイン」とはどんなものか、それがどんな役にたつのか、どういう手法で可能なのか。日本のデジタル著作権論議においてほとんど無視されている「パブリック・ドメイン」というものが、どう扱われるべきか。こういった議論を起こすきっかけとして、石を投げ込んでみたという話なのだ。

うまい具合に、頭が固くて、YouTubeやネットを敵視し続ける、昭和ノスタルジア世代の皆さんが、共感できるようなCM素材である。「おー、『とっきゅ〜』のCMねー。なつかしいねー。あのころ新幹線ができたんだよねー」「ああ、こういうものが見られるなら、パブリック・ドメインに出してやるのも悪くないねー」と思ってくれればしめたものである。

だから、私は何もこの件手伝っているワケではないのだが、わきから応援している次第である。

私の書いた英語ブログは下記↓
NBC News - Breaking News & Top Stories - Latest World, US & Local News | NBC News

*1:私もときどきDMCのニュースレターに寄稿している

*2:仕掛け人の岩渕潤子ちゃんは、美術館運営学が専門。「デジタルメディア・コンテンツ機構」といっても何をやるのかわかりづらいと思うが、彼女自身は、こうしたミュージアムの思想を、デジタル創作物の世界で世に問う、ということをやっている。