大企業で働くのも悪くない

梅田さんが戦っている。孤立無援で敢えて戦っているように見えるので、こういうテーマは苦手な私だが、私なりにちょっと考えてみることにした。

「「個」として強く生きること」と「ウェブ・リテラシーを持つこと」の関係 - My Life Between Silicon Valley and Japan

一連の梅田さんのエントリーに、共感を覚えつつもちょっと体に合わない服みたいな感じがずっとしていたのだが、その理由がわかった。それは、私が女だからだ。議論に参加している方は、どうやら大多数男性のようだし、女性で私のような考え方や生き方の人も少ないだろうから、多くの人には参考にならない意見だけれど、まぁ自分のブログだし、いろんな意見が混ざることがこの議論の目的だから、少数意見として言おうと思う。

今はどうだか知らないが、私の世代では、大企業で補助職でない仕事をできた女性はまだまだ少なかった。大学時代の女性の友人たちは皆、その意味で醒めていたので、「やりたいこと」「得意なこと」をベースにして、公務員になったり、外資に行ったり、日本企業に就職するにしても、どうせ一生勤められるワケはないのだから、なんらか「手に職」をつけようとがんばっていた。同じ頃、男性のクラスメートの多くは、「オレらはいずれ妻子を養わなきゃいけないからさー」と言いつつ、当時一番条件のよかった銀行に軒並み就職していった。「なんか、女でよかったなー」と当時思ったものだ。

ホンダに就職してからも、女性の同僚は、もともと語学ができる人ばかりで、梅田さんのおっしゃる「企業との距離感」みたいなものを自分も含めて常に測り続けていたと思う。先輩で幹部になっている女性の例もないし、会社の中の遊泳術を磨いたところで、出世などできるはずはハナからない。その後お世話になったNTTでは、昔は公務員に近い人事政策があったために、女性で管理職の方が何人かおられた。しかし、それでもいわゆる幹部ではないし、またこうした大先輩たちは、いずれも結婚せずに仕事一筋でがんばってこられた方で、私のように「でも子供もほしいしー・・」などという半端モノはいなかった。

大企業で一生勤めることは、キャリア志向の女性にとっては初めから選択肢としてありえないし、考えたこともない。だから、梅田さんの「大企業への適性」の話のうち半分の部分が、なんとなく体に合わない気がしたのだと思う。

それでも、私は、ホンダとNTTという、ニッポンを代表する大企業に勤めたことは、とても貴重な経験だったと思う。私は、きっと本来は大企業で勤め続ける適性のある人間なのだと思う。大企業の看板や、組織の力で、自分ひとりの力では到底動かせないようなモノが動くという実感は、本当に面白かった。若いうちに、女性でありながら、そういう実感を得られるような仕事ができたことは、本当にラッキーだったと思う。子供が生まれて、育児との両立で体をこわして会社を辞めたあとも、子供が少し大きくなったら、できることなら大きな通信キャリアに戻りたいとずっと思っていた。通信キャリア事業の壮大なスケール感みたいなものが、やっぱり好きだったのだ。

まぁしかし、コンサルタント暮らしを10年近く続けてここまで来ると、もうそれは見果てぬ夢だとはるか以前に悟って、それでいながら面白いことができるようにいろいろ試行錯誤しているのが今。最近は、前にも書いたが、亭主と子供を背負って、半端な仕事しかできない人生にもそれなりに折り合いがついてきた。今は、この半端な人生そのものが、私のやるべきことだと思っているワケだ。

何が言いたいかというと、大企業の面白さ、というのは絶対にあるのだ。それに、大企業の魑魅魍魎をなんとか生き抜き、ニッポンの大企業をちゃんとした方向に導く、志の高い人たちというのが絶対に必要なのだ。梅田さんは決して大企業に行くなとは言っていないけれど、なんとなくやはりネガティブな選択肢のように聞こえてしまう。それは私の誤解かもしれない。でもとにかく、大企業に勤めることは、決してネガティブなことじゃない。大企業で生き抜く力のある、志の高い若い人たちは、大企業をハナから嫌ってほしくないと思う。

一方、好きでも大企業にはずっといられない私のような人間もいる。女性にとっては、梅田さんの大企業適性論みたいなものは、かなり初めから英語で言う「moot」(該当しない)だという気もするし、賢いキャリア女性の同輩・後輩の皆さんは、最初からこういうことをわかっていて、「好きを貫く」ための努力と試行錯誤をいろいろしていることだと思う。そういう意味では、私にとっては、梅田さんの「好きを貫く」論は、基本の部分では共感できる。

あー、話が発散してしまって申し訳ない。「感想」ということで許してほしい。