欧州「3」の壮大な失敗とその教訓

最近、アメリカ専門のはずの私が、インドの光ファイバーだのヨーロッパの3Gだの、といったちょっと苦手な話を書かなければいけない仕事が続いている。ま、しかしお金もらってお勉強もできるのだから、文句を言ってはいけない

それで、今日は欧州の話。数日前、NTTドコモがKPNとの提携関係を静かに打ち切った。日本の新聞に出ていないところを見ると、日本ではあまり話題になっていないようだ。この話で思い出したのが、「3」の話である。

数年前ドコモは、オランダの旧国営電話会社KPNに出資し、さらにこのKPNと香港のハチソンと3社合弁で、世界各地で3Gサービスを提供する会社を設立した。ハチソンは香港の大富豪リー・カシン氏率いるコングロマリットで、もとは港湾事業が本業であった。この合弁会社、ハチソン3Gは、欧州やアジアで新しく競売に付された3Gの事業免許を落札し、まず第一弾として、イギリスでサービスを開始した。世界共通のブランド名は「3(スリー)」、イギリスでのショップの開店は2003年3月3日。欧州で初の3Gサービスの開始であった。

しかし、その船出は波乱に満ちていた。まず、端末がそろわない。欧州では、国ごとに規制やキャリアが細かく分かれているために、キャリアは端末メーカーに対して力が弱い。日本のように、キャリアの思うとおりの仕様やタイミングで端末を作ってくれないのである。それから、後発であるために、当然カバレッジが悪い。これは日本でもドコモの3Gが当初経験した問題である。それでもドコモはブランド名があったが、新顔の3は知名度もない。ネットワーク建設に問題があったのかそれとも端末の問題なのかわからないが、何度もサービス開始の噂が出ては消え、延期を繰り返した。そして、肝心の3Gサービスは、確かにデータ速度は従来の携帯よりも速いのだが、消費者にわかりやすい際だった特徴あるサービスを打ち出せなかった。

このため、イギリスでの評判は散々であった。辛辣なイギリス人と比べ、もうちょっと寛容(?)なイタリアでは「それほど悪くなかった」と伝えられているが、いずれにしても期待ほどの話題にもならず、加入者もつかない。結局、3は低料金戦略をとらざるを得ず、その後なんとか加入者は伸び出したが、経営的には苦戦が続く。2005年3月末現在で、世界(イギリス、スウェーデン、イタリア、香港など)の総加入者数は800万人となっている。

貧すれば鈍するで、3社のパートナーシップは崩壊した。まずKPNがハチソン3Gコンソーシアムから資本を引き上げ、昨年にはドコモもハチソンとの資本関係を打ち切った。結局、3はハチソンの子会社として、現在は存続している。それでも、欧州でのiモードのパートナーとしてドコモとKPNとの関係は続いていたが、これももっといい相手(イギリスのmmO2)が見つかったからか、ついにこの関係も解消した。

さて、ドコモの話はこういうことなのだが、この3の失敗談は、日本で無線サービスへの新規参入を狙う各社への教訓になると思う。

2G(デジタル携帯電話)への移行時、市場はまだ無人の荒野がたくさん残っていた。浸透率はまだ低かった。既存キャリアのサービスも、現在ほどの洗練されたものではなく、料金は高く、電波の届かないところは多かったし、端末も大きくて単純だった。さらに、デジタル化によってシステム容量は3〜6倍に増えるため、チャンネル当たりのコストは大幅に下がった。このため、新規参入を認めても、キャッチアップは比較的簡単だった。

しかし、今は違う。市場はすでに飽和に近く、既存キャリアのカバレッジは広くなり、料金も安い。端末はますます複雑になって開発コストがかかるので、自社用に端末を作ってもらおうとすると、ものすごい数量を売れる確証がなければならない。ネットワークはただ機械を買えばできるものではなく、すでに何社もひしめいているアンテナ設置場所を取り合いしなければならない。3Gでは、2Gと比べて容量の差は1.5〜2倍しかない。

ドコモでさえ、FOMA開始時には、カバレッジと端末という問題に悩まされた。実績のない新規参入キャリアは、一体どうする気なのだろう。結局、中国か韓国から安価な端末を入れて、お決まりの料金競争になるのだろうが、コストメリットも大きくない上、すでにかなり料金は下がっているので、それより安くしても、もう価格弾力性が働く範囲を下回ってしまっているのではないだろうか。ちょうど、長距離電話への参入時はそこそこうまくいったが、市内電話のマイライン競争では、泥沼の消耗戦の末、結局NTTの優位がゆるがなかったのと、同じことになるのではないだろうか。

つまり、現在は新規参入のタイミングとしては、決して好ましくないのだ。

「3」の欧州3G携帯でも、現在の日本でも、「周波数割り当て」という政治を引き金とする参入だからだ。全く新しい技術が出てきて、コストが劇的に下がって複数の新規参入をサポートできるだけのマージンが出る、という場合ならよい。しかし、技術とコストの裏付けのない人為的な競争激化政策は、業界の消耗と疲弊を促すだけだ。アメリカで、キャリアの回線卸売り義務づけによる人為的なCLEC参入政策が失敗したのと同じことになる。

新規参入プレイヤーは、とにかく他のキャリアと同じことをやっていては勝てるワケがない。どうすればいいかのアイディアもないことはないが、どっちにしてもあまりマージンが出ないので、遅かれ早かれ消耗する。ブロードバンド無線を使うという話もあるが、まだ技術的に時期尚早のように私は思う。WiMAXはまだ過疎地固定無線から脱しておらず、Flash OFDMは標準化で出遅れてハンディを背負い、UMTS TDDは技術的に未熟という噂を聞く。

本当なら、もう少し将来、ブロードバンド無線がしっかりと実用化されたとき、そこできちんと周波数を切り分け、既存キャリアと同時スタートでやるタイミングを見計らったほうがいいと思う。しかし、もう後へは引けないのだろう。本当に、どうするつもりなのだろうか・・