理念がなければ成功できない - 「フェースブック 若き天才の野望」

日経BP社中川ヒロミ様より献本いただきました。ありがとうございます。

フェイスブック 若き天才の野望 (5億人をつなぐソーシャルネットワークはこう生まれた)

フェイスブック 若き天才の野望 (5億人をつなぐソーシャルネットワークはこう生まれた)

まず最初に一言だけ苦言を呈しておく。この日本語タイトルはちょっと違うと思う。原題はThe facebook Effect、「フェースブック効果」ということで、たしかに日本語にするといまいちインパクトに欠けるために、手を加えるのは仕方ないが、この本はザッカーバーグのことを書いているだけではない。このフェースブックという現象を通して、「人」を中心とするネットが、世界の構造や人々の倫理基準などにまで、どういう効果を発揮するのかという、遠大なテーマを含んでいる。日本語タイトルでは、映画「ソーシャル・ネットワーク」のような人間ドラマのお話かと思ってしまう。誤解を与えかねない。実は私もそう思って読み始め、いい意味で裏切られた。

ということで、要するにそれほどの遠大な本である。取材の量がハンパなく、丁寧かつ誠実に経緯を追っている。映画と、その原作である「The Accidental Billionaire」は、いずれもザッカーバーグをめぐる裁判記録に取材し、ザッカーバーグ自身も協力を拒み、おもにザッカーバーグと敵対する人々の視点から創作を加えて「ドラマ」として描いてある。このため、フェースブックの成功の理由といった重要な部分がまったく含まれておらず、またあれだけトラブルを起こしながらも、それを上回るほどのザッカーバーグの魅力とは何かということがわからない。これに対し、この本の著者デビッド・カークパトリックは、ザッカーバーグ自身のほか、フェースブックの誕生と成長を助けた人々の大量のインタビューに基づいて、こうした疑問に答えてくれる。映画では「ヘンなやつ」に過ぎなかったショーン・パーカーの貢献、私の造語を使えば「厳しいぬるま湯」として彼を支えたジム・ブライヤーやマーク・アンドリーセンなどシリコンバレー錚々たるメンバー、フェースブックとユーチューブ、リンクトイン、ジンガ、グーグルなどとの人脈のつながりも含め、シリコンバレーというのはそれ自体が強力な「ソーシャル・ネットワーク」であることもよくわかり、面白い。

全体のうち、初めの2/3ほどが、ジャーナリスティックにきちんと経緯を追った「フェースブック正史」である。映画とその原作でフェースブックザッカーバーグに興味を持った方が、抜けている部分や、映画では語られないザッカーバーグ自身の世界観を理解するのに最適な資料である。特に中盤、シリコンバレーの有名人や有名企業がすごい勢いで登場し、またベンチャー投資業界の専門用語やコンセプトも多数出現するので、この業界に馴染みのない方には読みづらいかもしれない。翻訳の滑川さん[twitter:@namekawa01]、高橋さんはさすがこの業界の文章に手馴れており、たいへん自然で読みやすいが、そもそも業界知識がない人には仕組みが理解しづらいだろう。(映画ですら、ベンチャー業界に疎い友人から「だって、広告は売らないと言ってるのに、どうしてあのボーヤがビリオネアなわけ??」と質問され、私は説明に苦慮した。こういうのこそ、電子書籍にして、「この人、だれだっけ?」「これどういう意味?」とクリックすると解説が出てくる、みたいな機能が欲しいものだ。)

しかし、もし読みづらいと思っても、そこは適当に流して、最後のほうまで読むことをお薦めする。「ネットは機械ではない。サーバーの向こうには人がいる」という実感をはるかブログの初期の頃に私は書いているが、リアルの友人としての信頼関係をベースとして、実名主義をとるフェースブックでは、この傾向がはるかに強くなる。そして、そのことが現実の世界のあり方や人と人との関係を変えていく可能性がある。「透明性の高い世界を作ることで、人はより責任ある行動をとるようになる。自分はそういう世界をつくりたいのだ」というザッカーバーグの理想には、反論も多いだろうが、こういうことを20代の若者がしれっと言えて、それに手を貸したり莫大なお金を投資する大人たちがたくさんいるというのが、シリコンバレーの存在意義でもある。

フェースブックはまだ完結した物語ではない。広告売上による収益化の努力は実を結びつつあるが、ザッカーバーグの広告への「アンビバレント(躊躇)」な態度の背景には、単なる好き嫌いでなく、根本的にフェースブックの体現する世界と広告との不適合の存在を示しており(私のこの過去エントリー参照)、この先サステイナブル(継続的)な事業として続けていくための方法論はまだ未完成である。この先フェースブックがどう変化していくかもわからない。しかし、一つ面白いと思うのは、フェースブックもまた、「理念」先行型のベンチャーであるという点だ。最初からそうだったのではないかもしれないが、会社とザッカーバーグが成長する過程でそれが固まっていった。たとえばマイスペースとの接触の後のザッカーバーグの一言、「そこがシリコンバレーの会社とロサンゼルスの会社の違いだ。われわれはずっと長く使われるサービスをつくる。この(マイスペースの)連中は何ひとつわかっちゃいない」。理念だけでは食っていけないが、理念がなければ成功できないのもまた、シリコンバレーの掟である。

フェースブックが世界の中でまだ征服していない国は、世界の中で中国、ブラジル、そして日本だけといわれる。日本にも、最近じわじわと普及しつつあるようで、最近日本から友達リクエストがよく来るようになった。*1

日本でも、やれ「実名文化は日本に合わない」だの、「プライバシー侵害」だの、という議論が蒸し返されることが必定だろうが、それに対するフェースブック側の言い分はすべてここに書かれている。遠大な理想の部分でなく、卑近な問題としても、フェースブックなど(リンクトインでもいいけれど)で、個人IDを公開してくれるほうがいいケースも多いと思う。「発言小町」を読んでいると、独身と偽って女性に近づくケシカラナイ既婚男性の話がよく登場するが、「男性がきちんとフェースブックでステータスを公開してない場合はおつきあい拒否、フェースブックを見ても誰も友達がいないならウソのIDだろうと思われるのでおつきあい拒否、本当は既婚なのに独身とステータスを書いていれば妻がそれを見てすぐバレる」というのが慣習になれば、日本の不倫天国状態も少しは改善されるのではないだろうか。友達承認しなければ個人情報詳細が見られないため、ストーカーしようとしたらまず自分の情報も公開しなければいけなくなるので、これによりストーカー被害が減ることはないかもしれないが、特に増えることもないだろう。不倫天国状態を続けたいオジサンたちは、例によって「プライバシー侵害」の錦の御旗を振ることだろうが、女性側はこの「透明性」を身を守るツールとしてうまく使いこなしたらよいと思う。(小町でも最近、「フェースブックしてね」という会話が登場しているので、そうなりつつあるようなのが面白い。)

なお、私の日経ビジネスオンラインの月例コラムでもフェースブックのことを取り上げており、まもなく公開されるので、そちらもぜひお読みいただきたい。その記事を書き終わった直後にこの本が届いたが、本を読んで、私が書いたものと矛盾はないのでほっとしている。

<参考: The Accidental Billionaireの日本語版>

facebook

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*1:私は子供の写真などを公開しているので、かなり限定的にしか友達リクエストを承認しないことにしています。特に、顔写真なしだと誰だか思い出せないことも多いです。その点、ご理解をいただければ幸いです。私にとっては、長いこと連絡が途絶えている昔の友達を見つけられるのが、フェースブックの一番の楽しみです。