映画「蝉しぐれ」と日本人の美徳

現在、仕事で日本滞在中で、昨夜は念願の「蝉しぐれ」を見てきた。あまりの感動に、終わったあと何をすればいいのかわからなくなって、ぼーっとしていた。

いろいろな要素の詰まったストーリーだが、あとで公式サイトで試写会を見た人のコメントを読むと、「忘れていた日本人のよさがここにある」といった言葉が多く見られた。息をのむほど美しい日本の春夏秋冬の風景とともに、「日本人の気高さ」を思い起こさせる映画なのだと思う。

この日本人の美徳とは、「自分の運命や置かれた環境を、たとえそれが不条理なものだったとしても、それをすべて受け入れ、その範囲の中で前向きに生きていく」ということだと思う。「矜持」という言葉も合うかもしれない。

それは、世上よく言われるように、現代の日本人が捨ててしまったものでは決してない。ただ、日頃それを意識しないだけだ。戦後の荒廃から立ち直ったのも、何度かの経済危機を乗り切ってきたのも、そして昨今不景気と言われながらも、他の多くの国のように犯罪や麻薬に染まっていくことがなく、東京の街がどんどんきれいになっていくのも、そのおかげなのだと思う。

蝉しぐれ」の主人公・牧文四郎は、不条理に父を殺され、幼い恋の相手とも引き裂かれるが、すねたり、仇に復讐を試みたりせず、自分の役割をきちんと果たして精進を続ける。そして、想い続けた叶わぬ恋の相手を巻き込む、不条理な事態に直面しても、身を捨てて前向きに解決していこうとする。そして心をうつラストシーン。恋の相手、ふくもやはり、「矜持」をもって生きている美しい女性である。

こちらに来る飛行機の中では、前に見た「亡国のイージス」を上映していて、隣席の米国人男性がそれを見ていたので、「どう思いましたか?」とちょっと聞いてみた。いろいろな話をしたのだが、その中で彼は、「日本は世界に誇るべきものをもたない亡国になってしまった」というセリフを「日本人はそう思っているのかな、興味深い」と言ったので、「たしかに、そう思っている人は多いだろう。日本人は誇るべきものをたくさん持っているのに、それを意識していないように思う。」と答えた。

そして、「亡国のイージス」の中では、上官の不可解な総員離艦命令に整然と従うクルーを見ながら、敵役の某国スパイが「さすがは日本人、実に素直な民族だ」とせせら笑う場面がある。なるほど、この美徳は皮肉な見方をすれば、そういうことになるかもしれない。

でも、やはりそれは違う。唯々諾々と従うだけではなく、前向きに生きていく知恵と力があるのだと思う。そして、それは今も昔も、世界に対して誇るべきものであると思う。

「蝉しぐれ」公式サイト