学校競争のカタチ

アメリカ全土に該当する話かどうかはわからないが、私の居住地近辺では、「公立学校の平均スコア」と「不動産価格」はダイレクトに比例している。相関指数1対1どころか、場合によってはもっと極端に、ちょっとスコアがあがると家の値段がガーンと上がるという現象が見られる。カリフォルニア州には年に一度の標準テストがあり、そのスコアが学校ごとに詳細に発表されるので、一目瞭然である。

すでにそこに住んでいる人にとっては、学校のスコアが上がれば自分の不動産価値が上がる。家を売買するときの目安の中で学校のスコアは最重要項目の一つだ。スコアが高ければ、学齢期の子供を持つ家庭はもちろん、そうでなくても「住民の質が高い」として、多くの人が移り住んでくるようになる。だから、住民は学校の質の維持に目の色を変える。スコアが下がれば、校長先生のクビは飛ぶだろう。

多分、このあたりは住民の出入りが多く、古くからの土地を持たない移民や外国人が多く、知識集約型産業の従事者やプロフェッショナルが多いので、この傾向が殊に高いのだと思う。時として、この学校競争が行きすぎてやや偏った状況を呈することがある。シリコンバレーで子供の教育に最も熱心な民族は中国系とインド系というのが相場なので、良いとされる学校にこれらのアジア系が集中し、白人の住民がはじき出されて去ってしまう。大都市の学校で下層マイノリティ住民の多い学校を嫌って白人が郊外に逃げ出したのとちょうど逆の現象だ。また、高所得者住民が多い地区では、小学校の説明会からして「成績の悪い子や、英語が母国語でない子は来てほしくない」という雰囲気満々な学校もある。

私は2000年(ネットバブルの崩壊した年)に今の家を買う前、近くの別の市の賃貸に住んでいた。そこは学校がよいと評判の地域で、また新しく移住してきた子供のいる家庭が多く、そのために保育園もどこもかしこも満杯、子供が生まれる前から予約しておかないとはいれない状況で、そのせいで家の値段も高かった。それに辟易して、もうちょっとまったりしていた今の場所に来た。小学校のスコアはそれほど悪くはないが目立ってよい程でもなく、古い町で年配の住民が多かったため、学校の定員には余裕があった。学校の敷地内に学童保育があり、そこも長男が入ったころは、「来年は子供の数が減ってしまって、経営が苦しい」などという状況だった。学校は、よい先生が多いと思うが、近隣の「高スコア」で有名な学校に比べれば、エスニック別人口比も普通、コンピューター設備やカリキュラムなども特にシャカリキに整備しているわけでもない。まぁ、ごく普通だった。

それから10年間、我が家では(このブログに何度も書いているように)二人の子供が両方とも学習障害の問題を抱え、学校の先生たちと一緒にそれと戦い続けた。結果的に成績がどん底から普通まで上がったが、それは結果であって、私の目的は「せめてなんとか、苦しまなくても勉強ができるようになってほしい」ということだけだった。これも前に書いたように、わが学区はどうやら、近隣の学区と比べても特に学習障害への対応が整っているらしく、専門の先生は非常に幅広い知識を持ち、研究熱心で、本当によくしてくださっている。またウチの学校では、数年前から特別対応の必要な子供たちのための「learning center」という教室を作って専門の先生をおき、いわゆる「特殊学級」としてそこにずっといる子供たちだけでなく、特定の科目に問題のある子供は、一般教室からパートタイムでそこに行って少人数指導を受けられるようにした。その教室には、フォニックス(アルファベットと音のつながりを訓練する手法)や「読字障害対策」などの種々のソフトウェアを使えるパソコンがたくさんあり、子供たちのそれぞれの問題に合わせたプログラムを組んで指導してくれる。我が家の子供たちも、learning centerにはパートタイムでお世話になっている。特殊学級にいる、ということは、当の子供たちが「自分は落ちこぼれ」という意識を持つ恐れがあるが、このやり方だと普通学級にいながら可能なので、完全に隔離されるよりもずっと抵抗は少ない。まぁそれでも最初はウチの子も少々抵抗したが、そこにパートタイムで通う子供の数もけっこう多く、仲の良いお友達が行っているということで本人も納得した。そして、子供たち自身によいだけでなく、一般教室の先生の負担軽減にもなっており、とてもよいやり方だと思う。

そして、ここ数年、毎年毎年、州の教育予算削減で先生がレイオフされるとか音楽の授業がなくなるとか1クラスの定員が増えるとか、いろいろな問題が持ち上がり、そのために住民の寄付を集めてそれを阻止する、ということがもはや年中行事になっている。

そんなことをやっているうちに、この学校のスコアが急激によくなったらしい。何がきっかけだったのかはっきりわからない。新しい校長先生になってからかもしれない。しかし特に、「英才教育」的なことを突然やりだしたワケでもない。しかし5年ぐらい前からか、年々スコアが上がりだした。学区の中で中程度だったスコアは、今ではトップになってしまったらしい。特に新住民が大量に流入するような大規模な住宅開発があったワケでもないので、先生方や住民の地道な努力で、既存の住民の子供たちの成績が上がったとしか考えられない。いったん「高スコア」を取れば、教育熱心な住民の流入が多くなり、その地位はますます固定化される。

そのため最近では、新入学の受付では早朝から長蛇の列ができる「新製品発売時のアップルストア」状態なのだそうだ。教室は満杯になり、幼稚園は「朝だけ」「午後だけ」の二つのクラスに分けてなんとか回している。

学童保育も定員いっぱいで、我が家は来年度の申し込み期日をうっかり逃したら、もはや「ウェイティング・リスト」になってしまった。今朝も、学童の責任者と話していたら、「自分が来た数年前は子供の数は60人だったのに、今年は申し込みだけで135人いるんだ、大変だ」とこぼしていた。私の目から見ると、これは学校自体の人気もあるが、学童のほうもこの責任者が来てから、それまでよりも積極的に、いろいろな種類の「グラント」(民間企業の基金などが、例えばスポーツ振興などといった特定の目的のために非営利団体に資金を援助するもので、もらう方は自分から申し込み、一定の基準を満たす必要がある)に申し込んだり、プログラムを工夫したりなど、お金をかけなくてもいい改善努力を知恵をしぼってするようになったせいもあると思う。

親バカの目で見た偏った評価ではあるが、こうした地道な努力がストレートに結果に反映されるという仕組みは、素晴らしいと思う。ゼロサムゲームなので、その陰で転落している学校もあるのだろうし、いわば「勝ち組」だからいいと思えるだけ、と言われればそのとおりなのだが、こんなカタチの競争は本来の姿のような気がする。

しかし、そういうワケで最近はあまりまったりしていられなくなっている。こののんびりした学校が、英才教育的なピリピリした雰囲気になってしまうかもしれない。すでに、限られた定員を奪い合う状況になってしまっている。なんだかなぁ、という不安も、最近漠然としてきている。