「電波鎖国」は、携帯電話でなく「次のフロンティア」の問題だから重要なのだ

先日来、何度か書いている「電波鎖国」に関し、英語でもブログを書いてみた。

http://hogacentral.blogs.com/japan_tech_blog/2010/03/japanese-seclusionsakoku-spectrum-policy-can-be-a-suicide.html

(「電波鎖国」とは何かについては、こちらを参照)
「電波鎖国」関連記事まとめ - Tech Mom from Silicon Valley

この中でも書いたが、私が「電波鎖国」の悪影響を最も懸念しているのが、「M2M」とか「エンベデッド・モバイル」と呼ばれる分野である。伝統的な電話端末以外のさまざまな機器に、無線を内蔵して、自動的に中の情報を送受信したり、操作したり制御したりする仕組みのことだ。

電話端末以外の機器に、無線や通信の機能が広がっていく、という考え方そのものは、衆目の一致するところだろう。キャリアやメーカーの未来図ビデオでは、必ず出てくる、ああいうやつだ。人と人の「生」の通信でなく、機械どうしが通信して他の目的を達成するイメージのため、「M2M(Machine-to-Machie)」と呼ばれたり、モバイルを内蔵するので「エンベデッド・モバイル」とも言われる。

従来、M2Mといえば、自動車向けの「テレマティクス」や、電力や水道などの自動検針「テレメータリング」が主力だった。今でも、環境対策のため無駄なく車両を管理するためにテレマティクスを使ったり、自動検針のデータをスマートグリッドに活用するといった時代の流れもあり、厳密にいえばこの二つが主流だろう。こうした環境対策用に、エネルギーや交通を自動制御する目的に加え、現在アメリカで大問題になっている医療の分野でも、無線活用が期待されている。このため、ここしばらく日経コミュニケーションの連載でも、「他産業への応用」の話題を意識して書いている。

アメリカでは、特に2008年の700MHz免許のオークション以降、こういた方向への動きが強まっている。このオークションでベライゾンが獲得した周波数ブロックでは、「端末開放」が義務付けられており、これに関連してベライゾンは「オープン端末」のイニシアチブを推進、種々のパートナーとともに、新しい無線通信の用途を模索している。700MHzオークションの詳細については、下記の記事を参照。

調査・出版情報 | KDDI総合研究所

現在のところ、私が興味を持っているのは、Amazon Kindleの示したビジネスモデル。これはM2Mというとちょっと違和感があり、「エンベデッド」が適切だろう。Kindleでは、携帯通信のチップが内蔵されているが、ユーザーは月額料金を払わない。それは、アマゾンから買う電子書籍の料金の中に隠されている。以前の記事に書いた、「透明なネット」の典型的なモデルである。現在、電子書籍を舞台に、KindleiPadの対決がもてはやされているが、この面で見ると、KindleiPadは意味が全く違う。iPad通信内蔵型のモデルは、従来どおりキャリアに月額料金を払うし、メールやSNSなど「生」の通信に使うのが「主目的」と考えられ、電子書籍はその上に載っている種々のおまけの一つ。料金の仕組みとそれに伴なうユーザーの意識という面から見れば、iPhoneが大きくなっただけで、ネットブックと同じことだ。これに対し、Kindleは、生の通信には使うことがなく、「電子書籍」という目的に通信は完全に従属し、ユーザーはその存在をお金の面では全く意識しない。

こうした使い方をするためには、通信チップ価格も通信料金も十分に安くなければならず、現在のところ、まだまだ採算が取れる場面があまり多くないために、「続々と」こうした形態の通信内蔵機器が出てくる状況には至っていないが、水面下ではそちらに向かう圧力がじわっと高まっていることが私には感じられており、4G時代の「次のフロンティア」となるのも近いと思っている。

携帯電話端末では、世界に出ることができなかった日本の家電メーカーだが、主力の家電に無線を積む話ならば、先行できるのではないか、チャンスではないか・・とずっと私は思っており、上記の記事などもそれを期待して書いたものだが、今のところ私の立ち回り先の展示会などでは、日本メーカーの動きは見えていない。

なにしろこの分野では、通信まわりのハードウェアの価格が十分に安いことが大変重要なので、スケールがでなければそもそも成立しない。だからこそ、世界共通の通信チップを使えなければ、日本だけこの動きに取り残されてしまうと心配している。特に現在では、通信チップ生産のボリュームは、新興国で発生する。今や世界の数%程度までに比率が縮小した日本の加入者数では、太刀打ちできない。

異なる通信方式に容易に対応できるチップ製造システムを富士通が開発しているという記事を読んだ記憶があるが、そういう複雑なことをすればコストが上がってしまう。中国やインドやアメリカ向けではシンプルに大量生産できるなら、それを使わなければ勝てないだろうと思う。

日本の国内で、エンベデッド・モバイル製品が成立するためには、実はもう一つ要件がある。MVNO向けの通信卸料金が、相対契約で完全に自由に、外部に公表することなく、決められるようになる、という点だ。現在のところ、日本ではMVNO向けの料金も、料金表として公表されたものを使わなければならない。しかし、それではMVNOのほうも旨みが無い。ボリューム・ディスカウントを交渉で獲得して、その分マージンを得られるようにならなければ、MVNO側もやる気がでない。Kindleの例で言えば、アマゾンがMVNOに該当し、アマゾンがキャリア(最初はスプリント、新モデルではAT&T)からいくらで卸してもらっているかは、公表されていない。MVNOは「生」の通信向けではうまく行かなかったが、他の用途向けに種々の調整が必要なエンベデッドやM2Mの仕組みでは、キャリアでなく他用途を提供するパートナーが主体となって、サービスを提供する必要があるので、キャリアが完全に透明になる「MVNO」方式でないとうまくいかない。

もちろん、日本国内でできないならば、日本の家電メーカーも、アメリカなどで先行してやればよく、そこで成功してから国内の料金規制を変更するようロビーしてもいいわけだ。しかしそこで、無線方式の違いという壁がもう一つあったら、せっかくの本拠地の日本におけるボリュームを利用して機器の値段を下げることができず、韓国メーカーにますます差をつけられてしまう。そして、最終的にその壁が超えられなかったら、日本の消費者にはこうした製品は届けられないことになる。あるいは、日本向けだけやたら高い値段になってしまう。

ポイントは、すでに国際的には日本の負けが決まっている携帯端末の話ではない。これから先、十年か二十年かの間に、無線サービスの主力に育っていくはずの、次のフロンティアの話なのである。この話は、だから本当に重要なのだ。