周波数政策を誤れば「棺桶の蓋に釘」となる
前回の続き。現象としてのパラダイス鎖国は日本のいろいろなところに現出しているが、それに対してどうすればいいかということについては、それぞれの人や企業のおかれた立場や持っている強みなどにより、違うことをやらないといけない。「ニッポンはこうすべきだぁ」とすべての日本人をひっくるめて議論する時代は終わり、それぞれが自分の強みを活かして多様化することが、結果的に鎖国の弊害から日本を救うことになると思う、という話は「パラダイス鎖国」の本に延々と書いたので、そちらを参照してほしい。
そういうことで、個別の話はそれぞれなのだが、一つ言いたいのは、通信における政府の役割として最も重要な(これまでのどの時代にも増して、ものすごくクリティカルな)役割、周波数割り当てのことである。産業政策とかICTの将来像とか、そんなどうせ誰にもわからないことは群集知に任せ、他の人にはできない役割として、本当にこれはしっかりやってもらわないと困るのである。
そして、「モバイル通信用の周波数は、世界の趨勢と完全に合わせないとダメ」だと思う。21世紀のこの期に及んで、これから出す周波数が700/900MHzのペアだとか、1.5GHzだとか、寝ぼけまくった鎖国政策が通ってしまいそうだということが、私には到底信じられない。一体誰が決めたのか、どんな大人の事情があるのか、知らないからこそ勝手なことを言うが、このままでは日本の携帯産業は「棺桶の蓋に釘」(nail in the coffin)となってしまうだろう。
1990年代半ば以降に、アメリカが携帯の技術やサービスで世界に遅れをとった一つの要因として、独自周波数帯で、GSM世界と離れた技術(TDMA方式、CDMA方式)を導入したことがある。アメリカはアナログ時代は世界に先行しており、周波数の逼迫が激しかったために、他を待っていることができず、先行して商用化されたTDMAや、その時点で最も周波数効率のよかったCDMAを選ばざるを得なかった、という当時の事情はよーくわかる。しかし、結果論から言えば、アメリカ市場だけが孤立して、GSM世界でのボリュームによる機器のコスト低下や技術・サービスの進歩を自国で利用することができなかった。3Gに該当する周波数に2Gを入れてしまったために、3G移行時は、日本や欧州のように「まっさら」な周波数に新しい設備を打つことができず、後方互換性のないTDMA/GSMキャリアの場合、すでにユーザーを膨大に抱えた2Gユーザーをサポートするだけの設備を残しながら、同じ周波数帯に3Gを入れていくという苦労や、最終的に3GでW-CDMAにするときは、いったんTDMAから同じ2GのGSMに巻き取り、それからEDGEや3Gに移行するという回り道を強いられた。AT&Tが「悪魔との取引」と言われながら、販売起爆剤としてiPhoneを入れざるを得なかったのも、入れたところがネットワークがつながらないという文句が噴出しているのも、容量が足りなくて青息吐息なのも、すべてはこうした「過去のくびき」に起因している。アメリカは今だにその後遺症から完全に抜け出せていない。
日本は国内市場が大きいパラダイスなので、ソフトバンクが使っている1.5GHzなどという、世界の他のどこにも使われていないワケのわからない周波数でも、なんとか国内メーカーは設備をサポートしてくれているが、実はドコモもKDDIも1.5GHzをざくざく持っているのに、使っていない。こういう、世界の中で「孤児」と呼ばれる「KY」な周波数帯は使いづらいのである。
しかも、これまでのように、日本の国内市場だけでも世界の何割を占めるというぐらいの規模だった時代はまだよいが、今や中国やインドの比率がどんどん大きくなり、日本市場の世界の中での重みはどんどん低下している。頭では私もそのことを知っていたが、今回のバルセロナのMWCにおいて、こうした新興国市場の物量を肌で感じた。アメリカの携帯展示会が盛り下がっているのは、ほとんどアメリカ国内だけが相手なので、キャリアもメーカーも統合が進み、お互いに直接やればいいだけなので、展示会で実際にモノを売る必要はなくなり、単なる「ショー」になっているからだ。これに対し、MWCでは、「コメのメシ」であるインフラ設備も含め、新興国のキャリアを相手に実際に商売をやっている人たちがたくさんいるから活気がある。ノキアが不在の今回のMWCで、その空白を埋めたのは、中国のHuaweiである。建物一つをまるごとホスピタリティ・スイートとして借り切り、あらゆるものをスポンサーし、あらゆるセッションに顔を出す。基調講演で話すことは「とにかく安いよー」というシンプルなものだが、その迫力と存在感たるや、圧倒的なものがある。
こういった市場は、良い悪いの価値判断は置いといて、実際問題として周波数も技術方式も欧州とすべて同じである。もう、この勢いはどう抗っても止められない。この流れに自分が合わせる以外に方法はない。それがわかっているから、これまでGSMAに参加していなかった米国のベライゾンと日本のKDDIという、大物キャリア2社が、次世代ではLTE導入を決めてGSMAに参加したワケだ。お披露目としてキーノートに登壇したKDDIの小野寺社長も、パネルディスカッションで日本の周波数政策に対する不満を述べていた。
これに合わせないとどうなるか。だんだんと、クアルコムもフアウェイもサムスンも、日本向けの無線チップや設備を作ってくれなくなる。たとえ作っても一番後回しになりコストも高くなる。日本のメーカーは他から入ってこないから、デファクト保護主義で守られて当面は商売ができるかもしれないが、外に対しても売れなくなる。キャリアのコストは高くなり、新しい技術やサービスが外から入ってこなくなり、日本のユーザーは今後世界的にどんどん進むであろう、「モバイル・クラウド」や「エンベデッド・モバイル」系の機器の値段が下がらずサービスも普及せず、一人ぼっちで取り残されるだろう。「棺桶の蓋に釘」となるだろう。
特に、一昨年あたりからアメリカでもキャリアが本腰を入れ始めた「M2M」「エンベデッド・モバイル」などと呼ばれる分野については、日本の家電メーカーの巻き返しのチャンスだと思って英語の記事まで書いたのだが、残念ながら未だに動きがほとんど見られない。日本国内でMVNOへの卸料金が硬直的であるために、この分野がなかなか進まないという理由もあるだろうが、それなら日本は置いといてアメリカなどで先行すればいいと思うのだが、そういうことでもないらしい。この分野は特に、機器のコストをボリュームによって下げる必要があるので、世界の趨勢に早く乗らないと物量で負けちゃうと思うのだが。なんだか、よくわからない。
今回、周波数政策を担当する総務省の方やその他関係者で、MWCに行った方はおられるのだろうか。もしおられたら、何を感じられただろうか。モバイル通信サービスが始まって20年。過去や諸外国の事例を調べるのは得意な方たちだろうと思うので、私などが知らないもっと「重大」な要因があって、今の話になっているのだろうか。果たして何が一番大事なのか。
端末販売奨励金廃止という荒業ができた総務省なら、周波数の既得権益を持っている人々に対して、地上げでもなんでもやればいいと思うのだが。SIMロックの話なぞより、よほどこちらのほうが緊急問題だと思うのだが。
とにかく、私には理解不能。
ちなみに、周波数オークションについての私の実体験と考えは、以前「アゴラ」にまとめて長文を書いたので、そちらを参照してほしい。
http://agora-web.jp/archives/781168.html