ハイチ雑感

今日も、朝のローカルテレビニュースの半分ぐらいはハイチ地震の話だった。オバマ大統領は1億ドルを超える援助を約束、港も空港も破壊されて物資の流通もできないため米軍の空母がハイチに向かっているそうな。

なんでアメリカがこれほどハイチに熱心になるんだっけ?ということにも少々疑問を抱いたので、ちょっと歴史など調べてみた。

ハイチといえば、泣く子も黙る西半球の最貧国にして「失敗国家」ランキング14位(米大陸で最高位、北朝鮮よりも上)として有名だ。私は80年代、ホンダで中南米課にいた頃に少々縁があったが、当時でも同じイスパニョーラ島の東半分を占めるドミニカ共和国は普通の「スペイン語中南米」の国だったのに、西半分のハイチは格段にひどい貧乏国だった。その構造は今でも同じ。

イスパニョーラ島コロンブスがやってきて、他の中南米地域同様、土着民族はヨーロッパ人の持ち込んだ疫病と奴隷化によってほぼ全滅。ヨーロッパからの入植者は最初はたばこ、その後は砂糖などのプランテーションを経営、労働力確保のためにアフリカから奴隷を輸入したのも中南米のお決まりパターン。その砂糖をヨーロッパに運んでラム酒を作った。ハイチの場合は、スペイン人の見捨てていた空白地帯に後から来たフランス人が入り込んだためにフランスが植民地化し、大西洋を隔てた対岸、西アフリカのフランス植民地から奴隷を運んできた。日本でおなじみ、たけし軍団ゾマホンの出身地ベナンあたりがその中心で、大量の奴隷がベナンの「奴隷海岸」から出発し、ハイチにやってきた。ハイチの土着宗教であるヴードゥー教はベナンがルーツなんだそうな。

カリブではどちらかというと弱い勢力どうしのフランス(出遅れ組)とスペイン(絶賛衰退中)が角突き合わせていつも混乱していることや、地理的な位置関係から、この頃は「カリブの海賊」の一大拠点だった。映画「パイレーツオブカリビアン」で海賊の天国として描かれるトルトゥーガ島は現在ハイチの一部だ。

フランスによる植民地経営は過酷であり、その本国フランスで革命が起こったのを機に奴隷の反乱が始まる。ナポレオンに攻められてリーダーを失うなどの経緯を経て、1804年に独立。中南米で最初の独立国、世界最初の黒人による共和国、世界で唯一の奴隷反乱が成功して独立した国となった。しかし、この当時はまだまだ世界は帝国主義バリバリの頃で、そう簡単にはいかない。1825年にフランスが再度武力侵攻し、独立を認める代わりに巨額の賠償金を払え、という条約を結ばされ、その後長く「大借金生活」の地獄が続き、現在の惨状のタネとなる。早すぎる独立の悲劇。この頃から、アメリカの影がちらつき始める。

賠償金のために経済が停滞し、年がら年中クーデターが発生する中で、イギリス、ドイツ、アメリカなどがしばしば介入するようになる。19世紀後半といえば「坂の上の雲」の時代で、ハイチのお隣のキューバで「米西戦争」が起こった頃。アメリカは、日本とほぼ同じようなタイミングで(自分らだって少し前まで植民地だったくせに)帝国主義レースに大幅周回遅れで参入したため、隣接するカリブ・中南米地域に勢力を伸ばそうとした。*1

1915年から34年にかけて、ハイチはアメリカの占領下にはいる。賠償金支払いのためハイチはアメリカの銀行に巨額の借金があったのだが、反米主義者がクーデターを仕掛けており、もしそれが成功したら借金が回収できなくなるから、というのがきっかけだった。この間、少々の近代化の試みもあったが、もともと経済基盤が弱く、国民の反米感情もあり、あまり状況はよくならない。そのうちに本国アメリカで1929年の大恐慌がおこり、アメリカ軍は撤退。

その後もおなじみのクーデターと混乱が続き、1957年、悪名高い独裁者「パパ・ドック」フランソワ・デュヴァリエが登場する。医師出身で厚生大臣として疫病対策に尽くすなど、最初はまともだったので、選挙で選ばれて大統領になったが、権力を握ったとたんに変貌。憲法を停止して終身大統領となり、軍隊を解散して「トントン・マクート」(ハイチ版「なまはげ」、言う事きかない子供を連れて行ってしまう鬼みたいなもの)と俗称される私兵組織を使った恐怖政治を行い、国民の貧困には目もくれず富はすべて自分のファミリーで独占。1971年に彼が死去した後は息子の「ベイビー・ドック」ジャンクロード・デュヴァリエが後を継ぎ、同じことが続く。北朝鮮状態。

この頃は米ソ冷戦の最高潮の頃で、アメリカはキューバのすぐ隣にあるハイチが左翼化してほしくないと思っていただろう。ハイチには直接手を出さなかったが、この当時、中米・カリブでは左翼に対抗する独裁政権が密かにアメリカの支援を受けているケースが多かった。ハイチはどうだかよくは知らない。1975年にベトナム戦争が終わり、冷戦の圧力がやや収まった79年頃から、世界各地でそういった「米国が支援してる独裁政権」が倒れた。例えばイラン革命が典型だが、この地域でもニカラグアグレナダパナマなどでも似た例が続出。そんな中で、1986年についにデュヴァリエも追放されて、独裁が終わった。私が中南米課にいたのはちょうどこの頃。担当地域で騒ぎが多かった。

さて、ガンであるデュヴァリエがいなくなってようやく世の中良くなるかといえば、結局は元の木阿弥で、クーデターと貧困が延々と続いて今日に至る。帝国主義イデオロギー戦争もなくなった現在、他に構う人もなく、ときどきクーデターなどが起こると兄貴分アメリカがちょくちょく介入したり国連軍が駐留したりする。

そういうわけで、アメリカの軍隊としては、馴染み深い地域ではある、というのはわかった。お隣のドミニカとこれほど格差ができてしまった出発点は、フランスに対する賠償金問題だったということらしい。最近の歴史の中では、ちょっかいを出すアメリカに対し、憎たらしいがあいつらとつきあう以外に生きていくすべはない、という中南米独特の複雑な心情もある。なにしろ、冷戦の頃のアメリカはひどかったワケだが、それでも他の中南米諸国が、ハイパーインフレだの軍事政権だの、アメリカの介入だの、いろいろありながら、現在はハイチほどひどくない。これはどういう違いなんだろう??やはり、長かったデュヴァリエ時代の傷がいろいろな面で深すぎるとういことなんだろうか。そこへ今回の地震。本当に気の毒な国である。

以上、出典は英語版Wikipediaと、そこに掲載してあるリンク各種、および私の過去の記憶。

えらく長くなって失礼。歴史が好きなもんで、ついつい。

で、地震の後、兄貴分として政府がいろいろ援助をさっそくしており、一般市民もなんせアメリカ人だから、寄付などどんどんしている。過去にも、大災害のときなど米国赤十字のウェブサイトから私も寄付しているので、今回もとりあえず赤十字、と思って入力を開始した。最後の一番面倒な「クレジットカード情報入力」の欄までいったとき、「アマゾン・アカウントから寄付」というアマゾン色のボタンがあるのを発見。そこを押してアマゾンでログインすると、自動的にアマゾンに登録してあるクレジットカード情報を使って寄付できる。手数料などでアマゾンが儲けているかどうかは不明だが、こんなふうに自社サイトでない他のサイトのサービスに統合された形で、自社IDのエコシステムを拡張する「ID陣取り合戦」が、こんなところまで!と感心。さすがアマゾンである。

さらに今回話題なのが、「携帯からの寄付」の動きだ。日本ではあまり馴染みのない、「SMSショートコードを使った送金」が大活躍している。例えば、電話番号90999(全キャリア共通ショートコード)に「Haiti」というテキストを送ると、自動的に10ドルを赤十字に寄付できる。「ショートコード+テキスト」という方法は、アメリカン・アイドルなどのテレビ投票をきっかけにアメリカで特に若年層を中心に広く使われる方法で、携帯の機種もキャリアも問わないので、人気がある。寄付を受け付ける団体は数多くあり、それらから、ショートコードの取得や資金トランザクションなどのバックエンドを請け負う非営利団体があり、そこからまとめて寄付先の連絡が来たので、そのリストを私の英語ブログに掲げてある。米国在住の方で、やってみたい方はこちらを参照してほしい。まぁ、いろんなところで細かく、商売ができるもんだなぁ、とこれまた感心した。

また余談だが、このショートコードのことはTwitterでいろんな人がつぶやいていたが、最初「大丈夫か?詐欺じゃないか?」としばらく逡巡してしまった。Tim O'Reillyなど、事情を知っていそうな人の発信だったのでたぶん大丈夫だろうと思いつつ、調べる暇がなかった。まぁとにかく、上記リストについては、とりあえず、大丈夫らしいということで。

ハイチの栄光と苦難―世界初の黒人共和国の行方 (世界史の鏡 地域)

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*1:余談だが、そう考えると、明治維新の頃、「内乱がおこるとヤバイ」と、勝海舟だの坂本龍馬だのが必死になっていたのも頷ける。