「バカと暇人」に見る「イノベーションのジレンマ」

休暇中のため、普段は自分に禁じている「手当たり次第に読書」を解禁中。「イノベーションのジレンマ」は、すでに有名な本だがまだ読んでおらず、この機会にと思って読んだのだが、身近に「全くこのとおり」と思う事例が多く、また「ニッポン国経済そのものがイノベーションのジレンマだなー」という感もあり、非常に興味深い。(なお、この話はまた別の機会に。)

イノベーションのジレンマ 増補改訂版 (Harvard Business School Press)

イノベーションのジレンマ 増補改訂版 (Harvard Business School Press)

ウェブはバカと暇人のもの」は、友人のブログに紹介されていたので読んでみた。著者には失礼かもしれないが、「わはは、そりゃそうだろうな」とかなり笑いながら読ませていただいた。確かに、ウェブマガジンを現場で運営し、「広告」をビジネスモデルとする立場の方としては、「ウェブで受けるのは所詮テレビネタ」「しかしテレビよりははるかに影響力が小さい」「受けるのはB級ネタばかり」「ウェブはいじめの吹き荒れる不自由な場所」「ウェブなんてたいしたことない」というのは本音のところであり、一面の真実だろう。

ウェブはバカと暇人のもの (光文社新書)

ウェブはバカと暇人のもの (光文社新書)

ただ、これが「ウェブのすべて」ではない、と私は思う。著者中川淳一郎さんは博報堂出身でテレビ業界に詳しく、現在もウェブマガジンを運営されているので、「日本のマスメディア目線」で見たらこうなる、という話だと思う。アメリカの広告業界は日本よりも規模が(人口比よりもはるかに)大きく、細分化されていて、ローカル広告・DM・クラシファイドなど、ネットと親和性の高い小型広告の比率が高く、そのノウハウの蓄積が長年にわたって進んでいたのに対し、日本の広告業界は「テレビ」依存度が高い、と理解している。それが正しければ、日本で広告収入をビジネスモデルにしようと思うと、どうしても既存の「テレビ」を頂点とした巨大なマス広告の制作・販売・配信に最適化した仕組み(ユーザーの嗜好から広告に使う芸能人の業界慣行まで種々含む)にはまらず、「売り上げが小さく、何に使うかもよくわからない」という、「イノベーションのジレンマ」における「disruptive technology」の立場と見える。「日本の消費者」という、テレビ的で均質の大きな「B2C」マーケットを相手にするとすれば、ネットはいろいろな意味で「たいしたことない」代物になる。

一方私は「パラダイス鎖国」などにも書いたとおり、「ネットとは、何百年も昔に分岐して別物として発達した『通信』と『マスメディア』の中間領域として新しく発生したもの」であり、そのスイートスポットは「少数対特定少数、または少数対不特定少数」であると考えている。コストの面からも、ユーザー・インターフェースの面からも、「少数対不特定多数」の情報送信は今でも従来型の「マスメディア」のほうが適している要素が多い。

「少数対少数」の情報やりとりの中でも、その性格は一様でなく、一方は「通信」、反対側は「メディア」の性格が強い「スペクトラム」だと思っていて、私がビジネスとして興味があり、またユーザーとして自ら利用してありがたみを感じているのはどちらかというと「通信」に近い領域だ。

例えば、このブログは「不特定多数」ではなく、「どこにいるかはわからないけれど、私の書いたものを面白い・役に立つと思ってくれる少数の読者」に向けて書いている。ページビューを稼ぐための「ミニ・メディア」ではなく、そういった不特定少数に対する「ニュースレター」という、「マルチ的通信」のつもりでいる。情報の「受信」に関しても、確かに「マスメディア的」なニュースもネットで得るけれど、本当に価値ある、他で手にはいらないものは、「ニュースレター的」な専門領域だけに特化したものや、特定個人から得られる情報である。

また、著者は「ネットは世界を変えない」と結論づけておられるが、私という個人のレベルでいえば、ネットのおかげで私の世界は激変し、ものすごく可能性が広がった。もしネットが存在しなかったら、私は育児をしながらプロフェッショナルとしての仕事を続けることはできなかったし、またやったとしても仕事のレベルは今よりもはるかに低かったと断言できる。

「個人」や「少数」の世界から見れば(本の中で著者もおっしゃっているように)、便利なツールであり、また「通信」として別の儲け方がある。

とはいえ、通信屋の側から見ても、ネットはその歴史上常に「儲からず、何に使うかわからないdisruptive technology」として扱われてきており、だいぶよくなってとはいえ、まだまだ改善の余地がある。ということで、私としては、今後も通信屋の側から、仕事を通していろいろやっていきたいと思っている。メディア屋側については、正直言って私にはよくわからないので、こちらは他の観点をお持ちの方にお任せしたい。