有名税と有名益

ネット上で「実名か匿名か」という論争がある。アメリカはブログでもFacebookなどのSNSでも、実名で写真も自分の写真を出して書くことが多い。これに対して、日本は匿名が多く、そのために弊害が起こっているという話である。

アメリカ的な「オープン式」によい点が多いことは賛成だが、日本で「匿名ネット文化」が浸透してしまった理由もそれなりにあるので、「アメリカ式にオープンにせよ、日本人よ強くなれ」と叱咤激励するだけでは無理じゃないかと思う。

日本人が匿名でネットに書くのは、いじめが怖いからである。何かのはずみで誹謗中傷や嫉妬のターゲットにされたり、公にしたくないことまでさらされたり、ストーカーにつけられたり自宅までなんらかの攻撃にあったり、といった「実害」が広く喧伝されている。何のはずみでそうなるかわからないという恐怖もあり、普通の人はそんなリスクは冒したくないと思う。

こういった、「いじめ」と「嫉妬」の文化は、日本的なものの中で、私がほぼ唯一、但し書きなしに「悪い」と思う面である。他にも日本的な欠点というのはいろいろあるが、多くは美点の裏返しだったりする。しかし、これだけは絶対に「悪い」と思っている。

さて、ところで、実名をさらすことで、こうした「いじめ」の恐怖やリスクを上回る利益があったとしたらどうだろうか。

今回本を書く過程で、こんなことをぼんやり考えていた。私はすでにブログを実名で書いている。最初はやはり、ちょっと怖かった。でも、アイデンティティをさらすことで、これまでになかったような議論ができたり人脈ができたりするという大きな実利があったので、恐怖を克服した。私のブログを読んでくれる人など、全体から見ればたいした数ではない。読者のは、もともと、ブログ文化に親しみのある、「あちら側」に近い人ばかりだから、叩かれるといっても本質的なところは似ているし、読者のコメント合戦で叩いた人が逆にやられてしまったりもする。

しかし、本はもっと怖かった。本を書くと、こうした同質コミュニティの安心感からさらに一歩外に出ることになる。新聞や雑誌などの紙メディアに広告や書評が載ったり、ブログに縁のない人も私の本を読むだろう。全く別の固定観念をもつ人が私の考えに憤ったり、的外れな方角から私を攻撃する人もいるかもしれない。双方向でないので、反論もできないし、賛同者が援護射撃をしてくれることもない。

「有名」になってしまうと、「有名税」というものがある。「有名人バッシング」の大好きな日本では、成功者を嫉妬で引き摺り下ろしたりなどの実例を聞くこともある。書き始めたときは、本を書けるということがただひたすらうれしかったが、だんだんと「有名税」が気になってきたのである。初めての本だし、そんなに売れるとは思えないので、本の印税など、そのためにかけた時間やこうした恐怖のリスクの対価としては、小さすぎるんじゃないかと思えた時期があった。

気になるので、書いている最中にも、なるべく物議をかもさないよう、ついつい断定的な言い方をしないで、ぼやかしたり遠まわしに書いたりした。すると、編集の人にバサバサ直されてしまった。大衆商品としての「本」にするには、それじゃダメなのである。堂々と言い切って、物議をかもしたほうが成功なのである。

途中で開き直って、言い切ることにした。第三章あたりを書いている間だったと思うが、そこで何かがふっきれた感じがした。

「税」は利益がなければ払う必要がないはずだ。きっと、どこかに「有名益」が出てくるはずだ。もう書いちゃったのだし、税金の心配よりまずはどんな「有名益」があるのかを楽しみにすることにした。それほど売れないならそれほど有名になる心配もしなくてよいだろう、きっと大丈夫だろう、とも思った。

アメリカだって、ネットで実名を出せば、炎上したり誹謗中傷にあったときのダメージが大きいというリスクはついてまわる。最近、DiggやNewsvineでの「誹謗中傷」論争を見ていると、日本のブログ界隈と同じような話も多い。しかし、それを上回る「有名益」があるから、それでもみんな実名をさらすのである。

日本の「匿名ネット」の話も、そういうわけで、「日本」「アメリカ」の白黒の話ではない。バランス点が違うだけなのだ。「いじめの文化」「有名税」のリスクという「コスト面」と、「有名益」を挙げられることの両面から、バランスがどう違うか、という話である。リスク面ばかりを見てはいけない。

アメリカ的に、個人のブランドを確立することの有益度が大きければ、実名をさらす「有名益」は大きいのである。日本では、崩壊寸前の終身雇用をベースにした雇用慣行の問題があって、個人ブランドの重要性が低いため、「益」が大きくなりにくいという問題点がある。このあたりの詳しい話は、「パラダイス鎖国」の本を読んでほしいのだが、少しずつ変わりつつあるようにも思っている。それと、「有名税」ばかり見て、「有名益」のほうをサッパリ言わない大手メディアに対抗して、「有名益」を享受している私たちは、なんとかしたほうがいいんじゃ、とも思う。口で言うだけじゃなくて、私たちがいろいろな意味で「成功例」にならなければ、と思う次第である。

ということで、賛同する人は、ぜひ本を買ってくださいねー。^^;