「稚児のそら寝」的に、オープンシステム出産経験談を書こう

はてブで、奈良の妊婦なんたら事件がたくさんマークされている。昨年の奈良の事件からたまたま興味があって読んでいたので、ちょっといろいろリンクを読んでみたたら、「医療崩壊」の対策として「オープンシステム」を提唱している人がいるそうだ。

奈良「産科たらい回し」報道 マスコミの異常「医療バッシング」 : J-CASTニュース
「医療崩壊」が深刻化 国の「対策」に批判 : J-CASTニュース

コメントで「この記事には患者の視点がない」との批判もあったので、ちょっと患者経験者として書いてみる。元記事も6月だし、私の経験も数年以上前の、新鮮味が全くないエントリーだが、多少感情も動く問題なので、とにかく書く。

私は、二人の子供をアメリカで出産した。もちろん、「オープンシステム」だった。オープンシステムとは、町の開業医が、近くにある大きな病院と連携して、病院の設備を使って医療を行う仕組み。例えば、産科だったら、普段の検診はお医者さんのオフィスに行くけれど、出産のときは大きな病院に行き、お医者さんはその病院に出向いてきて子供を取り上げる。看護婦さんもその病院に勤務している看護婦さんだが、いつも連携しているので、お医者さんも看護婦さんをよく知っている。小児科もあらかじめこの病院と提携しているお医者さんを頼んでおき、生まれたらすぐに小児科のお医者さんがそこに来て、新生児を診てくれる。

私は日本のシステムでの出産経験がないので、直接の比較はできないが、ちょうど同じ頃に日本で出産した知り合いがヒドイ目にあった話を聞き、そのヒドイ目はアメリカ型のオープンシステムだったら、避けられたのではないか・・とつくづく思い、「オープンシステム」というのはよいのではないか、と思ったのだ。

細かい違いもいろいろあるのだが、私とその知り合いの間の最大の差は「麻酔」だった。聞いた話で正確ではないが、もともとアメリカは麻酔医の数も多いし技術が発達しているという。戦争をときどきやっているせいだ、という話だった。まーそれはともかくとして、私のアメリカ出産の場合には、大きな病院で、そこに麻酔の専門医がいた。アメリカではブロック麻酔を使った無痛分娩が普通なので、私もベッドをあてがわれるなり、最初に麻酔の先生が来た。用具を積んだ「屋台」に、クリップで「のれん」みたいに書類がビラビラぶらさがっていて、ビン底メガネの、医者というよりオタク技術者みたいな感じの先生が、「はーい、次はダレ?」とガラガラ屋台を押してやってきた。ニコリともせずに書類にサインをさせ、目も覚めるようなあざやかな手つきで背骨の間に針を打ち込み、薬を入れたビニール袋をフックに下げて調節し、そしてまた屋台を押して、挨拶もロクにせずに、風のように去っていった。

そばで見ていた亭主も、後々まで語り草にするぐらい、見事な仕事人だった。

一方、日本の知り合いは、帝王切開で、開業医の医院に入院して、やはり麻酔を打たれた。ところが、理由は不明ながらお医者さんはそれから1時間ほどもどこかへ去ってしまい、さーいざ切る、という段になったら、すでに麻酔は切れてしまっていた。つまり、麻酔なしで腹を割かれたのだ。もちろん、痛いと騒いだのだけれど、「お産は痛いのがアタリマエです」と聞き入れてもらえなかったそうだ。

お医者さんにもいろいろ事情があるだろう。産科医は減っているし、激務なのだろうと思う。それにしても、ちょっとね・・

麻酔に関して言えば、大病院で数をこなしている麻酔医はやはり上手だろうと思う。町の開業医が一人ずつ雇うわけにはいかないので、たくさんの患者が麻酔医を共有できる、というのは合理的なシステムだと思う。

私の場合は、そういう恩恵は麻酔医だけだったけれど、大量出血とか、他の病気の併発だとか、いろいろな不測の事態が出産では起こりうる。そういうときに、小さいクリニックよりも、設備が整っていて看護婦さんもたくさんいて、他の専門医へのアクセスもある病院は、やはり安心だと思う。一方、普段は小さいクリニックで、落ち着いて検診を受けられる。大きな病院は、診察室へはいるまでの手続きが多くなるし、待ち時間も長くなると思う。

それに、(これはテレコム関係者じゃないと意味不明だと思うけれど)統計多重効果もある。つまり、町医者が少ないベッド数の中で、急患に対応できるように(=ピーク時トラフィック対応)余裕を持たせておこうとすると、全体としてはかなりの数のベッド数が無駄になる。これを集中すれば、無駄が減る。システム全体としては、コストが低くてすむ、と思う。

マイナス面としては、出産が終わってから、やたらたくさんの請求書がやってきて、ワケがわからなくなる。産科医からのもの、設備を利用した病院からのもの、麻酔医からのもの、そして下の子のときには感染症の疑いがあって集中治療室にはいったので、そこからも、医者と病院の両方から来るし、それから小児科からも。3時間おきの授乳で睡眠不足でフラフラしている体には、次々と来る高額の請求書はこたえた。それでも、私など高齢出産の高リスク妊婦だったし、高コストは覚悟の上だったので、やはり安全には換えられない。(で、保険にもよるが、だいたいの場合には保険が使える)

どちらにしても、今回の奈良なんたら妊婦みたいに、かかりつけの医者もいなければどうしようもないし、そういういわば「最悪ケース」にオープンシステムは効果はない。しかし、まともにお医者さんにかかってちゃんと準備している普通の妊婦さん、および他の病気でも普通にお金を払える患者さんだったら、オープンシステムのほうがいいと思う。まー、アメリカの医療もかなり崩壊しているし、これで日本の病院の勤務医不足が解決されるのかどうか、私にはわからないが、議論する価値はあると思う。