「インフラただのり論」は「売り手市場」への変化点---通信が値上がりする時代がついにやって来る!?

日本でも、ウェブで商売をする事業者に対して「インフラただのり論」をNTTが唱え始めたようだ。アメリカで、AT&T(旧SBC)やベルサウスが、グーグルやボネージ(VoIP事業者)に対して、「インフラのただ乗りだ」「このままでは、我々が設備を増強するインセンティブがなくなる」「相応のフィーを払え」などと最近言い出したので、ずっと思っていたのに口に出せなかったことが、言えるような雰囲気になってきたのだろう。

「電話会社のワガママはけしからん」とネット住人の皆様は思われるだろう。でも、今このときになって、こういう話が出てきたのは偶然ではないと、私は思っている。回線の供給過剰の解消が、私の予想より早く進み、そろそろ需給が逼迫してきたことの兆候、ということなのではないかと思っている。

日本については、具体的な数字を把握していないので、とりあえず発火点になったアメリカの状況をもとに考えてみる。バブルで回線供給が爆発した状況は、これまでにも書いた。以下の話は、下記のエントリーの続きになるので、こちらをまず読んでほしい。

通信の経済学と政策の時代認識 - Tech Mom from Silicon Valley

バブルが崩壊した2000年頃と比べ、米国内のロングホール回線は、路線にもよるが、5年で単価が3分の一とか5分の一とかいう値下がりの嵐を食らった。一時の建設ブームがたたったデータセンターも同じ。もはや、ロングホール回線やデータセンター料金や、それを素材としてサービスを提供しているISPの料金というのは、下がり続けるのが当たり前、と皆が思うようになっている。

一方で、下記のエントリーに書いたように、中国やインドなどのもともと供給爆発がなかった地域では、すでに回線の逼迫状況が起こっていると聞いていた。しかしなんとついに、アメリカでもそういう話を、最近聞いたのである。数字が具体的にあるワケではないが、通信機器メーカー協会TIAの記者会見の話を某氏から又聞きしたので、民主党堀江メールよりはかなり信憑性が高い。

テレコムおたく史観による新興国のダイナミズム論 - Tech Mom from Silicon Valley

これも前にどこかで書いたと思うが、アメリカでもアクセス部分のブロードバンド化が進み、昨年前半、世帯普及率で半分を超えた。それに刺激されて、ネット上で大きな帯域を消費するアプリがどっと出てきた。これまでネット上の「大食い常習犯」はBitTorrentなどのP2Pというのが通説だったが、いわゆる「合法的・商業的」なサービスでも、音楽・画像・映像のファイルがどんどん流れるようになってきた。特に、私はブログとポッドキャストが、最近の「大食い王」なのではないかと思っている。ブログといっても、最近は皆写真をつけたりビデオを流したりする。ポッドキャストやブログのRSSPingもがんがん飛びかっているし、生のファイルサイズ以上のオーバーヘッド・トラフィックが莫大に発生している。

さらに、ポッドキャスティングには、いまやビデオもある。ビデオ・ポッドキャストを見出したら、パソコンのハードディスクがあっという間にいっぱいになってしまった。ファイルの物量を実感してしまう。しかも、タダなのである。見るか見ないかわかんないけど、タダだからとりあえずダウンロードしちゃうのである。誰も儲からないけど、そこには大量のトラフィックが発生してしまっているのである。

通信の世界では、業者が作って整然と配信するものよりも、ユーザーが作り出してめったやたらにタダで流す双方向トラフィックのほうがパワーを持つということが、おわかりいただけると思う。電話がその最も古い形態であり、ブロードバンドの世界では、しばしば「テレビ電話」が期待されてきたのだが、それとはちょっと異なる形で、ユーザー創出トラフィックが、本気でネットに流れ出したのだ。

そして、これらの大食いトラフィックが、幹線網へと流れ込みだした。管理用オーバーヘッドやキュー理論的な無駄を含めると、幹線網が混みだしても不思議はない。容量がガバガバあるなら、電話会社もまぁ安閑としていられるが、容量が逼迫している状態では、タダだからといって無駄なトラフィックががんがん発生するというのは、電話会社としてはたまらない。

それにしても、私としては、こういう事態はもうあと数年先かと思っていたのだが。

思ったより早まったのは、もしかしたら、共和党の政策により、アメリカの電話事業者は集中・巨大化したせいかもしれない。これまで、ネットの幹線網の主要部分を握っていたのは、MCIを筆頭とする「ロングホール事業者」だった。競争相手も多いし、企業体力も衰えていたし、幹線部分だけしか持っていなかったので、回線を利用する立場のネット事業者に対して、バーゲニング・パワーはなかった。しかし、MCIをベライゾンAT&TをSBCが飲み込んで、全体としての体力も回復したし、まだ供給が足りない(=売り手市場である)アクセス部分も一緒になった。

つまり、インフラを提供する電話会社が、バーゲニング・パワーを持つに至ったのである。買い手市場から、売り手市場への転換が起こったのである。

まぁ、まだ「インフラただのり論」は「発言」という段階であり、実際にお客に追加フィーを払えなどという話が通るのかどうかはわからない。実際問題として、個別にこんな交渉をしていては、えらいコストがかかって現実的ではないように思う。

ではどうなるか。ネットの混雑という状況が本当だとすると、電話会社はそのうち、「早く確実にトラフィックを通す優先レーン」を設けて、こちらに追加料金を課す、ということになりそうな気がする。そして、優良顧客から順にそちらに誘導していく。アメリカのサービス会社の常套手段である。ハーツのレンタカーは他より値段が高いけれど、お客を待たせない工夫がしてあるから、優良企業顧客はハーツを使う、みたいに。

つまり、一部ではあるが、実質的に値上げがついに起こる、のである。

大体、1980年代半ばからの経緯を見ると、「通信の景気の波」は10年周期ぐらいで変動している。まだ2巡しかしていないから、あまりアテにならないが、もしそのパターンを踏襲するとすると、1995〜2000年が需要・供給増大期、2000〜05年が供給過剰期となり、ちょうど今年あたりが需給バランスの転換時期になる。ホントかいな?

これからますます、ブロードバンド・アプリがどんどんネットに流れるようになる。日本でもコンテンツ産業の振興をいろいろやっている。Web 2.0的サービスでも、チープな音楽や映像がどんどんあふれてくる。と、みんな思っている。でも、その前提として考えられている、「チープな通信帯域」というものが、実はそうでもなくなってくるかもしれない。

電話会社がケシカランということではなく、需要と供給の法則でそうなる、かもしれない。